【君が待っているからD】 P:10


 惺の身体を抱きしめる。
 嬉しさで、力いっぱい惺を抱きしめた。
「負けないから」
「どうかな」
「負けないよっ!だって俺、賭け事に関してはじいサマの直伝なんだから!」
 顔を上げて、惺を見つめた。
 綺麗な綺麗な人。やっと俺は隣に立つことが許されたんだね。
「…嬉しい」
「直人…」
「すごい、俺…いま世界で一番幸せな人間かもしれない」
 惺は笑うけど、でも本気でそう思ったんだ。
 惺のシャツに手を入れて、痣を探す。もう見なくったって、どこにあるか知ってる。
 吸い寄せられるように、包帯を巻いてもらった俺の手が惺の痣を撫でたら、惺はちょっと眉を寄せて息を吐いた。
「っ…ふ」
「すき…惺が、好きだよ…」
「…ああ、わかった」
「うん」
 唇を重ねてくれる惺の、熱い舌を舐めながら身体に触れる。惺が何度も俺の唇を吸って、俺の瞳を覗き込んでくれる。
 惺の目、濡れてるね。
「せ、い」
「ん…っ、ぁ」
「なんか…ぐらぐらする…」
 こうしてると、幸せでどうしようもなくて、脳の中まで揺れるみたい。
「…なお、と?」
「なんかほんと…ぐらーんて…」
 俺が夢見心地で呟くと、惺は急に動きを止めて、まじまじ俺の顔を見つめた。
「な、に…惺?」
「お前…」
 じい〜って俺の顔を見て。ため息をついた惺は、ぺしっと軽く、俺の額を叩いた。
「ふえ?!」
「貧血だ馬鹿っ!」
 ……は?
 何のことかわからず、俺が目をぱちぱちさせてると、惺は素早く俺の上から降りて部屋を出て行ってしまった。
 でもすぐに帰ってきてくれて。
 叩きつけるみたいに渡されたのは、いつも俺が寝るときに着てるジャージ。
「あ…あれ?」
「さっさと着替えなさい」
 着替え?
 そういえば、惺も服が血で汚れて……俺に至っては、バカなことして傷つけた右手の袖口、色が変わっちゃってる。
「ヤバい…制服」
「明日クリーニングに出しておくから、早く着替えてしまいなさい」
「えー…でも…」
 俺の両手は、ぼんやりと寂しく、惺を抱いていたままの形で止まってる。もっとくっついていたいのに。
 だけど惺は、包帯を巻いていない左手を叩き落しちゃうんだ。
「そんな状態で何を言ってるんだお前は!あんなに血を流しておいて、何をする気だ何をっ」
「だって…惺が欲しいんだもん…」
 やっと惺が俺を認めてくれたんだよ?
 むーって、子供みたいに拗ねる俺の頬を、今までどおりの厳しい表情に戻ってる惺がつねった。
「ひぇい、いひゃい」
「世迷言いってないで、着替えなさい」
「…はあい…」
 しぶしぶ頷いて、制服の上着に手をかける。そういえばなんか、まだ頭がぐらぐらしてるかも。
「自分で出来るか?」
「うん。…あ」
「なんだ」
「出来ないって言えば良かった」
 そしたら惺が着替えさせてくれたかもしれないのに。
 俺の考えていたことを悟って、じろっと睨んだ惺に、もう一度頬をつねられてしまう。同じトコばっかりつねんないでよ。痛いんだってば。
「いつまで駄々捏ねてるんだっ!…ったくお前は…とっとと着替えろっ」
 くるりと後ろを向いた惺が、部屋の中にあるウォークインクローゼットに消えていった。

 動かない右手に手間取りながら、なんとか着替えた俺は制服を手に立ち上がる。親切に下着まで揃えて持ってきてくれてたから、これランドリーバスケットに入れないと。
 クローゼットのドアが開く音に振り返ったら、そこには自分も着替えた惺が立ってて。驚いた顔で俺を見ていた。
「立って大丈夫なのか?」
「う〜ん…まだなんか、ちょとぐらぐらするけど」
 こめかみの辺りに手をあてて言うと、惺は俺の手から制服を取り上げた。
「これはいいから、ベッドに入って横になってなさい」
「…うん」
 ねえ惺、それは……この部屋のベッド?それとも俺の部屋の?
 じっと惺の顔を見てたら、何を気にした様子もなく、ごく普通に惺は俺の肩を押してくれたんだ。自分のベッドの方へ。
「ほら、早く寝るっ」
「うんっ」
「…?なんだ?」
「なんでもないよっ」
 うきうき惺のベッドへ戻っていく俺の後ろで、首を傾げてるみたい。
 無意識って方が根が深い気がするって、前に言ったかな。いまの惺って、俺と一緒に寝ること、全然意識してなかったよね?
 
 
 
 意識してた俺の方が照れるくらい、血で汚れた服を片付けてきた惺は、自然に俺の隣で横になってくれた。
 腕を回して、俺の頭を胸に抱き寄せてくれる。俺の方が背が高いから、この体勢だと実は、足がベッドの端に届いちゃってたけど。そんなの全然気にならない。
 すごくあったかくて、すごく安心する。
 もちろん、すごくドキドキもするけど。
「…狭いか?」