「同じこと…」
「あんなにも幼く、可愛い子を、自分の過酷な運命に巻き込むのは可哀相だと」
「え…ええっ?!」
可愛いとか可哀相とか、惺が言ったの?本当に?!
「お前の母親が何日も家を空けていることを教えてやったときは、相当な見物だったぞ。…直の人生には関わらない、そう決めたんじゃないのかと言ってやったわしのことを、惺は真っ青な顔で振り払ったんだ」
「じいサマ…」
「あの子が愛しくて何が悪い、などと叫んでな」
俺の知らない、惺の話。思わず顔が赤くなってくる。
だって、想像もつかないよ。惺がそんなこと言うなんて。
詳しく話を聞こうと、俺が口を開きかけた、その時。
乱暴に扉が開いて惺が飛び込んできた。
「泰成!!」
「遅かったのう」
「貴様、何を言った?!直人に何を言ったんだ!!」
「ちょ、惺!ダメだってっ」
じいサマに掴みかかろうとする惺を、慌てて止めたんだけど。たぶん俺の顔は緩みっぱなしだったと思う。
だってさ!
だって、聞いた?!
惺は俺と出会う前から俺の存在を知ってて、見守ってくれてて、しかも俺を愛しいなんて言ったんだよ!
「直人…やに下がるんじゃない!」
ぎゅうって両方の頬をつねられるけど。無理だよ惺。俺いま、嬉しくて仕方ないんだもん。
「とっとと忘れなさい!泰成の言うことなんか信じるんじゃないっ」
「随分だのう…年寄りは邪魔者か?」
「年寄りぶるな卑怯者!」
「惺ってば」
「事実だろうが?わしもお前さん同様に、直が可愛いんだよ」
「うるさい喋るなっ」
惺の顔が、ちょっと赤くなってる。
ひょっとして照れてんの?じゃあやっぱり、じいサマの言ってくれたことは、全部事実なんだ。
暴れる惺を抱きすくめたまま、俺は嬉しくて泣きそうになっていた。
俺に惺と同じ、星型の痣があるって知ってても、頑なに俺を突き放そうとしていたのは、俺が惺に相応しくないからなんかじゃない。
惺は俺のことを考えてくれて、巻き込みたくないって思ってくれたから、あえて俺を突き放そうとしたんだ。
うわ、どうしよう。
俺いま、かなり調子に乗ってるかも。
「にやにや笑うなっ!」
惺に睨まれるけど。仕方ないじゃん。
「だって嬉しいんだもん」
嬉しくて幸せで、舞い上がっちゃってんだもん、俺。
惺は俺の腕から抜け出すと、ぐいって俺の胸倉引き寄せて、じいサマを指差した。
「泰成の言うことなんか信じるな。こいつはな、直人。自分の有利になることなら、どんな嘘でも平気でつく男だぞ?」
「酷いことを言うもんだ…お前が言ったんだろう?惺。正直に生きるばかりが美徳ではないとな」
「…っ!あの頃は仕方なかっただろう?!お前がバカ正直に突っ走るばかりで、来栖や僕まで巻き込もうとするからっ!」
「男がころころと意見を変えるな、というのも確か、お前さんに言われたんだが?」
「それだけ記憶がはっきりしていて、誰が年寄りだ!ふざけるなっ!」
「最近、耳が遠くてのお」
「都合のいいときばかり、お前はっ」
また掴みかかろうとする惺を、俺が慌ててもう一度止めて。ふと首を傾げた。
「そういえば惺、どうしてここに?今日は家にいるんじゃなかったっけ」
俺がじいサマのとこ一緒に行かない?って誘ったときは、そう言ってたよね。
二人並んで幸せ報告なんて、やっぱり恥ずかしいし。俺は一人で来ることにしたんだけど。
尋ねると、惺はむすっと拗ねた顔で押し黙ってしまった。
「惺…?」
「わしが呼んだんだよ。直がここへ着く直前に電話をかけてな」
「じいサマが?」
じゃあ惺は、その電話を聞いてから、タクシー飛ばしてここまで来たの?
「来たくないなら構わんが、直に洗いざらい喋ってもいいのかとな。自分は直の学校行事へ行きたがらんくせに、わしには代わりに行って来いと言ってみたり。ついでに写真を撮って来いと言ってみたり…」
「嘘だっ!僕は写真まで撮って来いとは言ってないっ」
「じゃあ、じいサマが来るように言ってくれたのは本当なんだ?」
「っ…!そ、それは」
言いよどむ惺の、細い身体。ぎゅうっと抱きしめる。
「嬉しい…ありがと」
「だからっ!」
「まったく。直を可愛がりたいなら、そう言えば良かろう?もうちっと素直になったらどうだね」
「お前にだけは言われたくないんだよっ」
「わしは素直なもんだと思うんだがなあ…直、ちょっとおいで」
呼ばれた俺がじいサマのそばへ行くと、じいサマは少し身体を浮かせて俺の腕を掴み、自分の方へ引き寄せる。