【君が待っているからE】 P:07


 惺の手が離れたから、俺もそっと手を離す。でも自分の手から目が離せない。
「唐突なお願いをいたしまして、申し訳ありません。ありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ…コート皺になってしまわないかしら」
「大丈夫ですよ、これくらい。…立てますか?」
 惺がお礼を言いながら奥さんに手を貸してるのに、俺は全然動けなかった。

 なんだろう……なんでこんな、泣きそうになるのかな。
 ほとんど話もしたことのない、隣の奥さんの、まだ生まれてもいない子供に触れただけなのに。早く会いたいって、無性にそう思えるんだ。
「…直人?」
「え?!あ、ああ。えっと、ありがとうございました」
 惺に声を掛けられて、慌てて振り返った時には、もう奥さんは車の後ろに乗っていて、窓から手を振ってくれていた。運転席の旦那さんも、軽く会釈をしてくれる。

 頭を下げた俺は、車が離れて行ってもしばらく、固まったように動けなかった。
 触らせてもらった手が、あったかい。
 自分で自分の手を握り締めてると、その上からほっそりした手が重なった。
「惺…」
「帰ろうか」
「…うん」
 惺は握り合わせてる俺の手を丁寧に解くと、優しく手を繋いでくれる。
 痣のある、右手の方。
 これから生まれてくる、小さな命に触れた右手。
 足元がぐらぐらして感じるくらいに動揺してる、俺の手を。惺が握ってくれる。
 しっかり手を重ね、指を絡めて繋いでくれる手を引かれて、俺は落ちつかないまま惺と一緒に歩き出した。