しかし同じ痣を持つ者と千夜を共に在れば、呪いは消え、開放されるのだと言う。
簡単なことだと思っていた。
辛くないとは思わなかったが、兄弟一緒にいれば、そう苦しむこともないだろうと。甘く考えてしまったのは、死ねない事実を現実的に捉えられていなかったせい。
周囲にいた人々が次々に逝き、兄弟の成したことを覚えている者がいなくなると、三人は急速に自分達の心が固くなっていくのに気付いた。
老いを知らない自分達に向けられる、周囲の冷たい目。異端の存在が生きるには、あまりにも狭い集落。
肩を寄せ合う兄弟に、人々はあらゆる憶測で、心無い言葉を浴びせ始めた。三人への恐れは、瞬く間に憎しみへと姿を変えていく。ついに朔たちの滅びを望むこととなった彼らが、最初に暴力の矛先を向けたのは、もっとも美しく、か弱く見えた朔だ。朔はあの時、自分の身が何をされても死なないのだと、心底思い知らされた。
どんなに死にたいと、死んでしまったほうが楽だと思っても、身体に受けた傷は癒えてしまう。
心に受けた傷と、記憶に刻まれた痛みは、どうやっても消えないのに。
ここにいても仕方ない、自分達の運命の相手を探そう。
そう兄が言い出したのは、周囲の人々から与えられる、朔への暴力に耐えかねたせい。自分は大丈夫だと朔は気丈に答えたが、弟の晃が泣きながら「大丈夫なんかじゃない」と訴えた。
永遠にここにいることなんか出来ないのだから、自分達の運命を切り開こう。兄に諭され、三人で村を出たのは、いつだったか。
頼りになる兄は、どこへ行ってもあっという間に言葉や習慣を覚えて、朔たちを導いてくれた。笑顔の明るい晃は、どこへ行ってもすぐに人々の中へ溶け込み、誰からも可愛がられていた。
時には生まれ育った島国を出て、見たこともない広大な地に足を踏み入れたこともある。
想像したこともないような髪の色や、瞳の色をもつ人々に会って、驚いたのも遠い記憶。生まれたときから一人だけ、髪も瞳も色の薄い朔などは、生まれた場所よりも馴染む街だってあったのだ。
旅の暮らしというそれ自体は、さして苦しいものではなかった。どんなに迫害を受けても三人でいれば耐えられたし、心を通わせた人々と別れなければならないことは辛かったが、優しくされた時間を朔たちが忘れることはない。
けれど。
長い時を経て、互いを庇い合うように歩いていた三人は、異国の空の下でばらばらになった。それぞれ違う道を歩くことを、選んだのだ。
一人一人歩いて行こうと言い出したのは、誰でもない、朔自身。
世界中をさ迷う日々には時々、思いもかけない出会いがある。
朔たちを悪魔だ化け物だと罵り、憎んで滅ぼそうとする、残酷な人との出会い。
また逆に、朔たちの事情を知っても何ひとつ揺るがず、優しく庇ってくれる人と出会うこともあった。
とても透明な空の下、海辺の街で出会った優しい女性も、その一人。
美しく朗らかで、誰からも愛されるような人だった。
心無い人々に追われ、だが人々に反撃することに出来ない三人を見つけて、彼女は泣いてくれた。街の人々が朔たちにした惨い行為を知って、彼女は泣きながら謝った。自分がしたことでもないのに、まるで彼女自身の罪だとでもいうように謝罪し、三人を大きな屋敷に匿ってくれた。
彼女が大好きだった。
姿が変わらない三人は、長く同じ場所に留まることが出来なかったけど。どうしても離れがたく、十年に一度は彼女の笑顔に救いを求め、会いに行っていた。何度会っても全く年老いていかない自分達のことを、いつだって恐れることなく、温かく迎えてくれていた人。
一度も嫁がなかった彼女が兄と愛し合っていることは、朔も晃もすぐに気付いた。誰の目から見ても確かなことだったのだ。二人は会えばいつも睦まじかったし、彼女が兄の歳を越えても、二人が一緒にいる姿は自然で、とても絵になっていたから。
――しばらくここにいようよ。
彼女の元に滞在している時、いつも晃がそう言い出す。