ただし、まともな金でないことは確かだ。朔と代わらぬ年の見てくれは、せいぜい二十四か五といったところ。こんな若さで使える金の額ではないだろう。
ひと一人牢獄に閉じ込め、一年以上も食わせているのだ。何を生業にしているか、知れたものじゃない。
朔は傍らに胡坐をかく圭吾を気にしながら、もそもそと食事に手をつけた。薄くてもしっかりした味付けの食事は、こんな環境でなければきっと美味いのだろうが。喉へ押し込むだけで、味などわからない。
圭吾はさっきからずっと、手持ち無沙汰に大きな錠を弄っている。その仕草が自分を責めているのだと知っていて、朔はとうとう箸を置いた。
「どうした」
「…………」
「食わねえのか?まあ、あんたにとっちゃ食っても食わなくても同じことか」
するりと圭吾は自分の右袖に左手を差し入れ、肩の辺りを掻いていた。露わになった肘から、今は見えない肩までを覆う彫り物。
夜桜を思わせるもののどこか抽象的で、しかしその出来栄えは素晴しいものだった。海を渡った先でも見たことのないような、緻密な文様。桜でありながら、夜を思わせる。夜を思わせるのに、桜の華やかさを残している。この彫り物だけは、初めて眼前に晒された時から、朔を魅了した。
我知らず視線を吸い付かせていた朔は、がしゃんという大きな音に驚いて、肩を震わせた。圭吾の投げ出した錠が、岩に当たって音を立てたのだ。
「知ってたよな」
話を蒸し返す圭吾から、朔は僅かに逃れようとしたが、逆に細い腕を強く引き寄せられてしまう。
「あんたは今朝、俺が錠に鍵を通さず出て行ったこと、知ってただろ?」
「…………」
大きな錠は、扉にかけて鍵を通さなければ閉まらない作り。……確かに知っていた。鍵の構造も、今朝男が、鍵を取り出さなかったことも。
「黙んまりか?まあいいさ。言い訳しねえなら、俺が勝手にさせてもらうだけだ。なあ朔。いつでも逃げ出せるあんたが、いつまでもここで大人しくしてんのは、俺にこうされたいからだろ?」
肩を抱き寄せた圭吾は、強い力で朔の細い身体を自分の腕に閉じ込めてしまった。泣きたくなりながら顔を上げた朔の視線は、冷たい圭吾の表情からするりとその首筋に流れてしまう。長さも合わせず適当に切られた、長めの髪を適当に結んでいる男の、逞しい首筋。
……痣だ。
朔と同じ、月の形をした痣。
どうしてもここを離れられない理由。間違いなくこの男が、朔の探していた相手だった。朔の背中に同じ痣があることなど、気付いてもいないようなこの鈍感な男が。
憎しみが膨れ上がってしまう。どんなに運命が彼を押し付けてこようと、朔の心は頑なに圭吾を拒絶していた。
思わず目を閉じ、顔を背ける。苛立った圭吾は朔の身体を投げ出して、その上に圧し掛かった。
「あんたに声を上げさせるのなんか、簡単なことだ。いいか、朔。いつまでも俺に逆らえると思うなよ」
圭吾の両手が衿を掴み、両側へ押し開いた。冷たい夜気に晒された白い肌へ、圭吾の熱い唇が吸い付く。噛みつかれる様な勢いに、朔は必死に心を静め、硬い岩肌に爪を立てていた。
圭吾の手で身体を撫で回され、乱暴に裾を捲し上げられて、もうとうに知られている弱いところを探られると、どんなにこの男が憎くても身体は快楽に追い上げられてしまう。朔が剥き出しの岩肌に爪を立てていることに気付くと、圭吾は無理矢理手を取り上げて、いやらしく朔の指を舐めた。
「や…いや、あ…っああ」
耐え切れずに零した喘ぎ声。圭吾の口元に勝ち誇ったような笑が浮かぶ。
「どうした。俺とは口を聞きたくねえんだろ?もう黙ってらんねえか?」
こらえ性がねえな、あんた。意地悪く囁く圭吾に、朔は首を振った。
下肢に触れられてもいないのに、胸の突起を意地悪く捏ね回されるだけでも、朔の体温は上がっていく。ゆっくり頭を上げ始めたものに圭吾が同じものを擦り合わせると、背筋を甘い蜜のような奔流が走った。
「ああっ、あ…っ!」
限界まで勃ち上がったものから、先走りが零れるのを見て、圭吾は満足そうに笑う。そのまま彼は自分の着物の両袖から、逞しい肩を抜いた。現われた上半身は、鍛え上げられて固く引き締まっている。
海の向こうで見た彫像のように、美しい造形を描く日本人離れした身体には、桜の彫り物が華やかさを添えて圭吾を称えているかのようだ。