ああでも。
せめて晃の出会うたった一人が、あの我侭な弟を許してくれる、優しい人だといい。
どうか兄を解放する人が、もう死んでしまった彼女のように、温かい人でありますように。
そればかりを、願って止まない。こんなに苦しくて、やり切れない思いで泣いているのは自分だけでいい。
「ひ、ぁ…!やめ、離して!」
「…っ!」
圭吾が朔の身体を抱き締めた。強く繋がったまま肩を押さえられ、朔は悲鳴を上げた。いかせて、いかせてと。恥も外聞もなく圭吾に抱きつき懇願する。
涙を浮かべるきれいな顔は、圭吾だけを見つめていた。白く蕩ける頭の中は、それを圭吾だと認識していない。ただ身体の中にとぐろを巻く熱を、開放して欲しいだけだ。
誰だかわかってもいないのに、熱っぽい視線で圭吾を釘付けにする朔。じっと彼を見つめていた圭吾は、ゆっくりと長く美しい髪を手にとって、どこか恭しささえ伺える表情で口づけた。
そうして、朔を見上げる。
「朔…」
見つめてくる視線の熱っぽさに、僅かな正気を取り戻してしまった朔は、ぼろぼろ泣いていた。
悔しい。こんな時だけ。
こんな時にだけ違う顔を見せる。何度でも朔に夢を見させようとする。まるで割り切れない朔を、嘲笑っているかのように。
朔は圭吾の身体に腕を回し、顔を見ないように身体を近づけた。
「はや、く…!」
「ああ。出すぞ」
深いところに男の精を叩きつけられ、高く啼いた朔は、自らも圭吾の手の中で達した。
ゆっくりと力の抜けていく朔の身体を、太い腕が柔らかく抱き上げる。そっと布団まで運んで朔を寝かせた圭吾は、何も言わずに朔から離れて行った。
孤独に耐え切れず身体を起こした朔が見たのは、いつものように無表情な圭吾が錠を拾っているところ。
「……っ」
圭吾、と。
そう一言呼べば、気紛れな男はここへ戻ってくるかもしれない。だがそんなものには何の意味もないと、朔は誰より知っている。
人肌が恋しいだけだ。
圭吾を求めているわけじゃない。
あの男は、人を傷つけることしか知らないような残酷な男なのだから。
後ろも見ずに鉄格子の扉を抜ける背中は、大きな錠に鍵を通して、洞窟の暗闇に消えていく。
朔は敷物を握り締め、声を殺して泣いた。
どうして?
どうして!
どうしてこんなにも苦しい。
ただ探していた人を、愛せなかっただけなのに。それだけのことなのに。いつまでもいつまでも、心が痛くて堪らない。どうして探していた運命の相手が、あんな男なのか。違う、誰だって同じだったはずだ。ただ息を潜め、待っていればいいはずなのに。
いつまでもいつまでも。
我侭な心が一向に静まろうとしない!
圭吾は人を殺め、金を奪い、逃げる際に出会った朔をここへ攫って来て、閉じ込めている。思うさま犯して、朔の身体と心を蹂躙する。
こんなはずじゃなかった。
こんな辛いなら、永遠にさ迷っている方がましだった。愛しい兄が、可愛い弟がそばにいるなら、狂いそうに長い時間でも耐えられたかもしれないのに。
どうして、こんな……!
朔は身体を抱き締める。
泣きながら、月を見上げる。
早く消えて、そうして次の夜が来ればいい。早く、早く。千の夜は、あと半分。どうか少しでも早く、夜が明けますように。
ああ、早く。
もう一度月の姿を浮かべて。
この呪われた身体を開放して。
呪いを解くことが出来たなら、この身は死ぬことが出来るのだから。