【君に逢いたくて〜参〜】 P:03


「あの…桜太?もしかして…あなたは彼の、本当の弟なのですか?」
「兄ちゃんの?ううん、違うよ。兄ちゃんは本当の兄ちゃんじゃないんだ。ぼく赤ちゃんのときに兄ちゃんに拾ってもらって、それで一緒に住んでるの」
 にこりと笑う少年に、今度は朔が目を見開く番だった。
 どんな気紛れを起こしたのか知らないが、どうやらそれは確かに真実らしい。桜太の明るい笑顔を見れば、圭吾を信じきっていることがわかる。
 まるで弟の晃(こう)が兄の話をするときのように、瞳を輝かせている桜太。それにしても、あんな非道なことをしているくせに、一方で捨て子を拾い、育てているなんて。
 あまりに印象が違いすぎる。
「ねえ桜太。…桜太は彼がどんな仕事をしているのか、知っているのですか?」
 人を殺め、金を奪い、そんな汚れた金でこんな可愛い子を育てているのかと。あまりにも理不尽な圭吾の行いに眉を寄せる朔を見て、桜太は不思議そうな表情のまま首を振った。
「よく知らない。時々お客さんが来るけど、お客さんは離れに泊まるんだよ。ぼくは入っちゃいけないって。あとは町へ行ったりもしてて…」
 さすがの圭吾でも、子供に聞かせるべきではないことぐらい、心得ているのだろう。
 朔にも少し、圭吾の気持ちがわかる様な気がした。誰だってこんな真っ白で純粋な子供に、汚い話など聞かせたくない。
 そうですか、と溜息をつく朔は、ほんの少し暗い表情の桜太に、どうしました?と聞いた。
「ぼく、兄ちゃんが町へ行くの…あんまり好きじゃない…」
 ぽつりと呟いた幼い子供。
「だって…何日も帰ってこないんだもん」
「…その間、桜太はどうしているんですか?」
「お昼は近所のおばさんちに行ったり、おばさんのとこの平ちゃんと遊んだり…あと、手習いもあるし。…でも夜、家にいるときは…一人だから…」
 圭吾を心から慕っているのだろう。淋しそうに肩を落としている桜太の姿は、嫌でも朔に晃を思い出させてしまう。
 淋しがり屋の晃も、こんな風に泣きそうな顔で、兄達の不在を責めることがあった。
「…ねえ、朔?」
 桜太は傍らに座って自分の話を聞いてくれる朔を見つめ、躊躇いがちにその袂(たもと)を握った。
「ぼくね、明日からここへ泊まっちゃいけない?」
「ここへ?」
「うん…。兄ちゃんは朔と話をしちゃ駄目だって言ったけど…ぼくもう朔と話しちゃったし…」
「…そうですね」
「帰っても、一人なんだもん…。明日は夕刻にお弁当持ってくるから、朝までいちゃいけない?」
 しゅんと下を向き、段々声を小さくして、桜太は可愛い我侭を言い出した。
 きっと自身の為に何かを願ったりすることが、出来ない子供なのだろう。我侭を懸命にこらえようとしている健気さが、朔の心を捉えてしまう。桜太のこんな姿が、圭吾に対する気兼ねなのか、捨て子という引け目なのかは、わからないけど。
「…彼には内緒にしておきましょうか?」
 朔の言葉に顔を上げた少年の表情には、まだ遠慮が見え隠れしていた。おそらく彼は、朔という非日常の存在と会って、今まで誰にも言えなかった寂しさを告白したのだろうから。躊躇うのは当然だ。
「…いいの?」
 ぽつりと呟くくせに、唇を噛んでいる。否定されるのが怖いのに、聞いてしまった後悔。桜太の不安に、朔は表情を和らげて優しく肩に手を置いてやった。
「あなたこそ、いいんですか?ここは寒いですよ?」
 圭吾のように朔を抱くためだけだとか、朔のように死なずの身の上だというならともかく。奥に沸いている温泉のおかげで、ある程度の温度を保てるよう作られている牢獄だが、けして子供にとっていい環境だとは言えない。
 それでも、桜太はぱあっと顔を輝かせた。
「平気!」
 こんな嬉しそうな顔をされては。
 朔は苦笑を浮かべ、桜太の小さな頭を撫でてやる。
「明日の夕刻に来るときには、ちゃんとご飯を食べてからいらっしゃい。運ぶのが重いようなら、私の分はいりませんから」
「え、でも…朔はお腹すかないの?兄ちゃんも、兄ちゃんが留守の間は一日一回でいいって言ってたけど…」
「私は食べなくても大丈夫なんです。お兄さんも知っているから、そう言ったんですし」
「…だけど一人だけのご飯作るの、面倒だもん。…ねえ、ぼく自分のも持ってくるから、晩ご飯だけでも朔と一緒に食べたい」
 ……驚いて。
 朔は目を見開き、じっと桜太を見つめた。