圭吾は何を考えて、桜太を拾ったのだろう。まさか桜太のことも盗賊にするつもりなのだろうか。いや、それなら自分の行いを桜太に隠したりはしないはずだ。では……自分の残酷な行いに対する、罪滅ぼしなのか。
勝手な贖罪に使われている桜太には迷惑な話だが、桜太が救われたのなら悪い展開でもない。あとは桜太が圭吾の所業に気付く前に一人立ち出来れば、これ以上の幸いはないだろう。
昨日まで、自分のことばかり考えていたのに。傲慢な自分に気付き、朔は眉を顰めた。
勝手なことを。
痣が消えてしまえば、この命を絶ってしまおうと考えているくせに、桜太の未来を心配するなんて。
朔は圭吾の置いて行った銀細工の簪(かんざし)を手にし、細工の尖ったところを指に押し付けた。痛みに顔を歪めながら強く引くと、指先から赤い血が零れて、ぽたぽたと落ちていく。
床に落ちた血が染み込んでいくより早く、朔の指先は血を止めた。じわりと傷が塞がっていく様は、何度見ても異様で、吐き気を催すものだ。
まだ、終わっていない。
それは岩壁に刻んだ傷の数でわかっていたことなのだが、改めて見せ付けられると、やけに苦しい。
溜息を吐きながら、朔は手元の簪を見つめる。月の光にかざしてみると、凛とした細工は見事なものだった。着物といい、この簪といい。圭吾の選んでくるものはどれも洒落ていて、気のきいた様子をしている。美しさに対して、何かしらこだわりがあるのだろう。彼の腕に咲き誇る彫り物だって、素晴しいものだ。
そういえばあの日、町で会った男の背に咲いていた牡丹も、素晴しかった。どことなく圭吾の桜と同じ雰囲気があるのは気のせいだろうか?彫り師の名など知らないが、同じ職人の手による物なのかもしれない。
盗賊なら金になる物とならない物を、見分けることすら仕事の内なのだろうけど。朔には圭吾のちぐはぐな行いが、理解できなかった。桜太の明るい笑顔を見つめていて、道理に背く自分の生き方を見つめ直したりはしないのだろうか。
どうして圭吾は、堅気になろうとしないのだろう。朔は眉を寄せる。
せめて桜太のために、まともな職に就くことは考えないのだろうか。自分を人知れず閉じ込めたり、他人を傷つけて金を奪ったり。そんな酷いことばかりせず、もっと明るい、お天道様の下を大手を振って歩ける様な生き方を、考えないのだろうか。確かに今までの仕事がお上に知れれば、獄門は避けられないだろうが、なら江戸へでも出て行ってしまえばいいのに。ああいう人の多い都なら、罪を隠して紛れてしまうことも出来るだろう。
……いや、罪のない者達を殺めたこと、忘れてはならないと思うけど。
丈夫な身体があり、力もある。腕っ節だって自信があるはずだ。もっとも、だからこそあんな凶悪な道に、堕ちているのかもしれないが。
朔はじっと手元の簪を見つめる。
……こんな風に、本物を選べる感性があるのなら。
「…なんとかなると、思うんですけどね」
呟いた朔は、誰もいないというのにはっと口元を押さえた。
これではまるで、自分が圭吾を心配しているかのようではないか。……いや、違う。心配なのは、圭吾ではなく桜太の方。
自分にとって圭吾は、道具にすぎないのだから。
どんなに心を引き裂かれる思いで抱かれているか、たった一日会わないだけで忘れたわけではあるまい。
震える身体を抱きしめた。
心のどこかで、早く圭吾が帰ってこないものかと望んでいる。早く帰って来て、また無表情に自分を抱けばいいと思ってしまう。
余計なことを考える前に。
この身を滅ぼすことが出来るのは、あの男だけなのだから。
「さ〜〜くぅ〜〜〜!!」
洞窟に、桜太の声が響いてくる。暮れ始めた空を見上げていた朔は、洞窟の暗闇に向かって、声を上げた。
「桜太!!」
朔の声が聞こえれば、桜太がすぐにでも駆け込んでくるだろう。
桜太がここで眠るようになって、今日が四日目だ。まだ圭吾は帰ってこない。
最初の日はあんなに戸惑ったのに、朔は慣れた仕草で扉を開いた。まだ、ここから出ることは出来ないけど。
桜太が来るたび、帰るたび、せめて洞窟の入り口まで送ってやりたいと思うのだ。