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それが、初めて圭吾から貰った嬉しい贈り物だったからなのか、単に兄の痣を思わせる星型の造形が美しいと思ったからなのかは、まだわからない。わからないけど、桜太にそれを買ってやった圭吾が、どうして自分にまで買って帰ろうと思ったのか、それだけが少しだけ気になっていた。
なんだろう?この気持ちは。
朔は困惑げに眉を寄せて、圭吾のいる方をじっと見つめる。
幼い桜太に嫉妬だなんて、あまりに恥ずかしいことだ。一体圭吾に、何を期待していると言うのか。あの男の中に、何を見つけたいのだろう。まさか自分も頭を撫でて貰いたかった訳ではないだろうに。
ふいに兄の声が蘇って、朔は自分の肩を抱いた。
――朔は、怖がりだな…
くすくす笑って、兄はよく朔の頭を撫でてくれていた。晃(こう)の前なら毅然としていられるのに、兄と二人だけになると、どうしても甘える気持ちを抑えられなくて。誰かに裏切られるたび、酷いことをされるたび、どんな傷も塞がり不気味に蘇ってくる身体を投げ出して、兄に縋っていた。
兄と離れてからは、誰でもいいから名前を呼んで、笑いかけて、頭を撫でてもらいたい気持ちが強くなるばかり。
本当に、誰でも良かった。
ただ淋しいということが怖い。何より怖いから、誰でもいいなんて呟いて、行きずりの手を求めてしまう。
なら、怖いから?
誰でもいいから、圭吾でもいいのか?
朔はゆっくりと立ち上がり、自分のものとは裄(ゆき)も丈も違う、一回り大きな着物をひと揃え手にして、奥の温泉が沸いているところまで歩いて行った。
「あの…」
小さく呼びかける。
圭吾は相変わらずの無表情で朔を見上げている。その顔が少しだけ驚いているのに気づいて、朔の胸はとくっ、と小さく震えた。何も変わらない圭吾の表情を、朔は最近、少しずつ見分けている。
「着物と手拭いを…」
「ああ、置いておいてくれ」
「はい」
言われた通り、素直に従う。声をかけたときには何か聞きたいことがあったはずなのに、圭吾を目の前にすると思い出せない。
最近、いやに素直な朔を見つめて、圭吾は肩を竦めた。
「なんだ?」
「え…?」
「なんか、言いてえことがあるんだろ」
「あの…」
ある、けど。何が聞きたいのか、何を聞けば満足するのか、自分でもよくわからない。
圭吾がにやりと、嫌味な笑みを浮かべた。
「あんたも入るか?」
「…は?」
「入れよ。着物脱いで、ここへ入んな」
ぱしゃ、と湯を叩く。朔は躊躇いがちにしばらく圭吾を見つめ、帯に手をかけた。
驚いたのは、圭吾の方。まさか本当に入るとは思わなかったから。だって今までなら、絶対に顔を背け抗ったはずだ。
するりと着物を脱いで、丁寧に畳んだ朔は圭吾を振り返り赤くなる。何も表情なんか変わらないのに、呆気に取られているのがわかってしまった。
「す、すいません」
湯に入れという圭吾の言葉は、自分をからかっただけなのだ。そんなこと少しも考えなかった自分が恥ずかしくて、慌てた朔は踵を返そうとしたけど。やけに静かな圭吾の声が、朔を引きとめた。
「なに謝ってんだ。俺が入れっつったんだろ?さっさと入んな」
「……はい」
手を差し伸べられ、朔は迷いながらも圭吾につかまった。深い湯に身を浸すと、向かい合うかたちで、圭吾が朔を自分の膝に座らせる。
息が触れるほど、近い距離。間近で見下ろす形になってしまった圭吾と目が合い、慌てて視線をそらせた朔は、耳まで赤くなった。
「あんた、色が白いから」
「……?」
「そうしてると、こんな暗くても赤くなってんのがわかるな。なに期待してんだ?さっきまで気ぃ失ってたってのに。足りなかったか?」
からかう口調に、ぶんぶんと頭を振った朔は、そうっと視線を戻して圭吾を見つめた。彼は見た目、つまらなそうにしているけど。朔の行動に理由が見出せないのだろう。その無表情には、困惑が見え隠れしている。彼の感情を読み取ったせいか、ちょっとだけ心を落ち着かせた朔は、きゅっと唇を噛みしめてから、おどおどと口を開いた。
「…あの」
「なんだよ?」
何か、話さなければ。