【君に逢いたくて〜四〜】 P:06


「大きな音がするだけでしょう?お兄さんが怒鳴る方が怖くないですか?」
「それに、それにびかって!光るんだもん!…さくぅ…」
 自分の言葉と想像に怯えたのか、桜太は立ち上がって思いきり朔にしがみついた。
「お兄さんは?」
「兄ちゃんは町行ってる…夜には帰るって言ってたけど…」
「まだ随分ありますね。じゃあ、こちらへいらっしゃい」
 こんな岩が剥きだしの牢獄よりも、家にいる方がいくらかましだと思うのに。出会ってまだ僅かのの自分に信頼を寄せ、ここへ駆け込んで来たのだ。朔の心にじわりと愛しさが込み上げる。

 寝所へ桜太を連れて行った朔は、何枚かの着物と夜着で桜太をくるんで抱きしめた。
「こうしていたら、少しは怖くないでしょう?」
「うん…。朔は?怖くないの?」
「大丈夫ですよ。…ねえ桜太。一人のときはどうしていたんです?」
「……行李に……」
「行李?」
「うん。行李の着物を全部出して、中に入ってるの…」
「……。それは、その方が怖いような気がするんですけどねえ」
 くすくす笑う朔は、桜太の頭を何度かぽんぽん、と軽く叩いた。
「桜太、雷様は絶対にここへ来ませんから、安心して?」
「……うん」
「雷様のお仕事が済むまで、ここにいなさい。一緒に待っていましょうね」
 朔の言葉に、桜太はもぞもぞと動き、くるまれているたくさんの布の中から小さな手を出すと、朔の着物を掴んだ。
「仕事?なの…?」
「そうですよ。雷様はね、ああして冷たい空とあったかい空を擦り合わせて、光を紡ぐんです。急いでいらっしゃるから、大きな音がしてしまうんですけどね」
「…………」
「でも雷様がいらっしゃらないと、稲が実らないんですよ。豊作にならないと、みんな困るでしょう?だから雷様は、慌てて色んなところへ出向いていらっしゃるんです。少しの間、大きな音がしても我慢して待っていましょうね」
 桜太は不思議そうに朔を見上げる。小さな手で朔の着物を握り締めたまま、衝立の向こうに見える空を見つめ、もう一度朔を見つめた。
「雷様は、ここへは来ない?」
「ええ、大丈夫です」
「でも兄ちゃんがね、悪いことすると、雷様に攫われるぞって」
「…またあの男は…くだらない事を」
 溜息をついて、朔は桜太を抱きしめる。
 そんなことを言い出したら、桜太より先に圭吾の方が攫われているだろうに。
 でもなんとなく、自分が口にした下らない冗談に、桜太が必要以上に怖がってしまって、困った圭吾がまた不貞腐れた顔をしていたんじゃないかと。そんな想像が頭を過ぎり、朔は頬を緩めた。
「雷様は、お忙しいですから。悪い子を探したりしている暇、ないと思うんですけどねえ…。桜太は何か、悪いことをしたんですか?」
「してないよ!して、ないけど…」
「けど?」
「…………」
「正直に言ってごらん」
 笑みを浮かべる朔の前で、桜太は深刻な表情のまま、じっと暗くなっていく空を見ていた。あまりにも思いつめた表情だ。
「…桜太…?」
「ねえ朔。ぼくね、邪魔じゃないかな…」
「邪魔って…桜太が?」
「うん…兄ちゃんね、ずっと一人でしょう?村の人たちが兄ちゃんに、お嫁さん探してあげるって言っても、兄ちゃんはいらないって言うんだって」
「…………」
「みんなね、ぼくがいるからかなあって、言ってるの」
「誰かに言われたんですか?」
「ううん、言われてない。でも知ってる…。聞いたもん。桜太が気掛かりなのかねえって、みんなが言ってるの」
 子供は、大人が思うよりずっとたくさんの事を聞いて、たくさん考えるのだ。切なくなって、朔には慰めてやる言葉が見つからない。
「桜太…」
「兄ちゃんね、ぼくがいなかったら、お嫁さん貰うのかな。ぼくがいるから、兄ちゃんは一人なの?…兄ちゃんがね、ぼくには足があるんだから、行きたいところがあったら行ってもいいんだって言うときがあって。…兄ちゃんは、ぼくと同じ年のときにはもう、一人だったんだって」
「…そう、なんですか?」
 圭吾が?こんな幼い年に、もう親元を離れていたと?