【君に逢いたくて〜四〜】 P:08


 ぱあっと明るい表情になって。桜太はくるまっていた着物を抜け出し、走り出した。
 朔もそっと立ち上がる。圭吾との関係は壊れたまま、いや冷たいものに戻ったままだったけど。もしかしたら今度も。
 桜太がいるなら、きっと。
「兄ちゃん!」
「はあ…はあっ…やっぱり、ここだったか…」
 激しく息を切らせ、姿を現した圭吾を見て、朔は驚きを隠せなかった。
 いつも憮然とし、何事にも動じない圭吾なのに。いま彼は全身を雨に打たれて濡れ鼠だ。しかも余程急いで走って来たのだろう。足も着物も泥だらけ。
 息も絶え絶えに鉄格子をくぐり、膝をついた圭吾は走り寄る桜太を力一杯抱きしめる。
「悪ぃ、遅くなったな…」
「ううん、大丈夫。朔といたもん」
「…まあな。家戻ってお前がいねえのに気付いたときにゃ、ここだろうと思ったさ」
「ごめんね…勝手に来ちゃいけないって、言われてたのに」
 謝罪する桜太の言葉に、やれやれとその場へ腰を下ろした圭吾は、桜太を見上げてにやりと笑う。
「仕方ねえだろ?雷なんだからよ」
「兄ちゃん」
「お前の一番怖ぇもんだからな」
「そ、そんなことないよ!もう平気だもん!」
「どうだかねえ?」
「平気だよ!ここにだって一人で来たし、朔と話してたら、あんまり怖くなかったんだよ!」
「お前…雷が鳴りそうになってから、来たのか?」
「え?…うん。その…まだ雨が降ってないときだけど」
「そうか」
 圭吾は桜太の手を引いて、小さな身体を引き寄せると、愛しげにぎゅうっと抱きしめた。
「よくここまで来られたな。怖かったんだろう?」
「うん…うん。兄ちゃん…っ」
 圭吾の顔を見て安堵したのだろう。桜太は急に涙を零して、思い切り圭吾に抱きついている。そばに立っていた朔は、じっと圭吾を見ていた。
 桜太の髪を撫で、小さな身体を抱き寄せて笑っている。安心したように、少年の成長を喜ぶように。優しく、温かい顔で微笑んでいる。朔の胸は、やはり痛みを訴えていた。あの表情を独占している桜太に、僅かな嫉妬が蘇ってくる。
 その時だ。
 圭吾が桜太を抱き寄せたまま、朔を見上げた。迷惑を掛けたな、とでも囁くように、柔らかい苦笑を浮かべた。
「あ……」
 誰でもなく、朔自身に。圭吾の目に映っているのは、朔だけだ。
「そうだ朔!」
 何かが見えかけた瞬間、桜太がぴょこっと頭を上げて振り返った。
「ぼくね、答えわかったよ!」
「あ、え?…ああ。答え、ですか」
「うん。好きだから!そうだよね?!」
 嬉しそうな少年の声が、何かまだ朔の中で形になっていないものを突き刺したような気がして、ぎくっと指先が震えた。
「なんだよ。何の話だ?」
「え?う〜んと、内緒!」
「はあ?…なんだよお前、朔には言えて俺には言えないのかよ」
「駄目だよ。兄ちゃんには内緒なの!ねえ朔?」
 ぞくぞくと身体を走っている気持ちを押さえつけ、朔はそうですね、と桜太に微笑んだ。二人を見ていた圭吾は、むすっと拗ねてそっぽを向いている。
「ったく。なんなんだよ…せっかくのでけえ仕事、放り出して帰ってきたんだぞ俺は」
 子供のように不貞
腐れる圭吾を、桜太のほうが宥めている。二人の様子に、朔はやっとほぐれた心で微笑んでいた。