土間から上がるとすぐ広い板の間に囲炉裏があって、そこから続きになっている奥の間に、布団が敷いてある。横になっている圭吾は、荒い息を吐いていた。
草履を脱いで上がった朔は、圭吾の傍らに座る。
「…朔…さ、く…」
目を閉じている圭吾はうなされて、何度も朔の名を呟いていた。苦しげな声に、どうしてか胸が熱くなって。朔はそっと顔を近づけ、囁いた。
「…ここにいますよ」
傍にいた桜太にも聞き取れるかどうかの、小さな声。届いたかどうかもわからないのに、圭吾の息がほんの少し緩やかになったような気がするのは、自惚れが過ぎるだろうか。
自分の行動が途端に恥ずかしくなった朔は、顔を上げて正面に座る桜太を見た。しかし、すぐに視線をめぐらせてさっき合ったばかりの女性を探す。
「何があったんです?」
混乱して、泣きながら座っている桜太では埒が明かない。朔は躊躇いがちに土間まで入ってきていた女性を見つめて聞いた。
見たこともないほど美しい男に見つめられ、彼女は一瞬顔を赤くしたけど。傍に控えている子供に袖を引かれて、軽く首を振る。
「ひ、昼間にねえ。うちの馬鹿息子が屋根に上がって、遊んでたんですよ。そしたらこの馬鹿、転がり落ちてしまって」
「お子さんは大丈夫なんですか?」
「ええ、あの。圭さんが受け止めてくれたもんだから。でもそのせいで圭さん、どこか痛めちまったみたいで…」
おろおろと説明する女性は、何度か息子の頭をぺしんと叩いている。少年もさすがに反省しているのか、泣きそうな顔で圭吾を見つめていた。
「…見たところ、傷はないようですけど。その時この人、どこからか血を流していましたか?」
尋ねる朔は、圭吾に掛けられているものを剥いで彼の身体を調べていた。手馴れた朔の行動に、医術の覚えがあると判断したのだろう。女性は家へ上がりこむ。
「そんな感じはしなかったよ。圭さん、自分で歩いて、家まで帰ったんだもの」
「どこか身体を押さえていました?」
「さあ…気にならなかったけど。ねえあんた、あんたお医者なのかい?」
「そういうわけではありませんが、ひとの身体にはわりと詳しいんです。桜太、お兄さんの肩を押さえて」
「う、うん」
てきぱきと身体を改めていた朔は、圭吾の着物をはだけさせ、彼の厚い胸板に触れた。
「っ…う」
「兄ちゃん…」
朔の手が触れたところで、圭吾がうめき声を上げる。朔と向かい合うように座った桜太が、痛みに身体を折ろうとする圭吾を、小さな手で必死に押さえていた。何度か違うところにも触れ、朔はすぐに痛みの原因を突き止める。
「…肋(あばら)が折れているようですね」
「なんだって?!じゃあ、この馬鹿受け止めたときに…」
「おそらく。熱もそのせいでしょう。…ああ、ここですね。一本だけですから、そう心配することはありませんよ。肺腑も痛めていないようですし。動かさないようにしていれば、熱も引くでしょう」
肋骨の単純骨折だ。肺を傷つけている様子もないから、固定していれば大丈夫だろう。
朔は顔を上げ、真っ青になっている桜太に微笑みかけた。
「大丈夫ですよ、桜太」
「ほんと?…兄ちゃん、死んじゃったりしない?」
「ええ。こんな頑丈な男が、そう簡単に死んだりするもんですか。…君も。彼は大丈夫だから、心配しなくていいんだよ」
朔が笑いかけるのは、ずっと母の袖を握って顔色をなくしていた少年に対して。
「平ちゃん…」
桜太が名前を呼ぶ。ああ、この少年が桜太の友人だったのかと。朔は息をついた。
「ごめんね、桜太ちゃん…ごめんなさい」
「謝るのが遅いんだよお前は!」
「奥さん、もうその辺で。彼も反省してるんですから」
「いや、でもねえ。うちの平二(へいじ)が馬鹿しなきゃ、こんなことにはと思うと…」
「君はどこも痛くないの?」
朔に聞かれ、平二と呼ばれた少年は小さく頷いた。圭吾のそばを離れた朔は、少年の傍らにしゃがんで頭を撫でてやる。申し訳なさと情けなさで、母親が叱るのは仕方ないと思うのだが。
「これから遊ぶときは、気をつけないとね」
「うん…」
いつまでも大人が責める必要はない。自分のしてしまったことに、彼は誰よりも傷ついて、誰よりも後悔している。
「奥さん、帰って平二くんを休ませてあげて下さい。もしかしたら夜、熱が出るかもしれないから…」
「ええ?!だって、怪我なんかどこにも…」