【君に逢いたくて〜陸〜】 P:03


 桜太が、圭吾は自分よりも小さい頃から一人でいたのだと言っていた。誰にも育ててもらえなかったから、だから圭吾にはわからないのだろうか。
 自分がどんなに矛盾して、残酷なことをしているのか。
「圭吾…」
「ちょっと待てって、朔?」
「一緒に、逃げて下さい…」
「…………」
 圭吾の肩が、僅かに震える。彼の動揺を包み込むように、朔は抱きつく腕に力を込めた。
 そう、私は知ってる。
 あなたの行いを。罪の全てを知っているのだと、伝えたい。

 一緒に逃げるなどということ、許されるはずもないとわかっているけど。朔にはもう、それ以外の答えが見つからなかった。
 兄が知ったら、どんなに怒るだろう。弟が知ったら、どんなに悲しむだろう。でも朔は、だからこそ今、自分が一人きりでいることに感謝していた。
 ――圭吾といたい。
 ただその気持ちだけが、朔を動かしている。誰ひとり許してくれなくてもいい。兄や弟が知れば、彼らを苦しめることになる選択だと、わかっていても。

 そっと身体を離し、圭吾の頬に手を添えて、朔は彼の唇を吸った。ちゅっと僅かな音をさせて離れると、圭吾は苦々しそうに眉を寄せていた。
 朔は首を振る。
 自分は違うのだと、信じて欲しい。どうか信じて。あなたの罪を追及しているんじゃない。
「どこか、誰もあなたの罪を知らないところで、暮らしましょう?」
「…………」
「私を連れて行って下さい…一緒に、償いますから…」
 熱っぽい視線。
 あなたのしていることは、間違いなく犯罪で、謝って済むことじゃない。どんなに詫びても、死んだ人は戻らない。
 でも、悪いのはあなたじゃなかったはずだ。
 朔は強い瞳で訴える。
 圭吾を育てられなかった周囲の大人たちが、早いうちに善悪を教えてやらなかった世界が、共に罪を負わなければならない。
 だって圭吾は、どんな凶悪なことに手を染めても、変わらず優しい瞳で桜太を見つめていられるのだから。

 懸命に話す朔を見つめていた圭吾は、最初驚いて、次に深刻な顔になって、何かを思うように眉を寄せ……ついに、はあっと大きな溜息をついた。
「…圭吾…」
「それかよ」
「え…?」
「あんたが町で会ってからずっと、俺みたいな男とか、残酷なことをしてとか、言ってたのはそれか」
「それかって、だって…」
 じとりと睨みつける圭吾に、困った顔になる。朔はどう言えばわかってもらえるのだっろうと、深刻な顔でうろたえていた。
 圭吾は天井を見上げる。
 どうにも朔が必要以上に自分を蔑んでいるとは思っていたが、ようやく合点がいった。
「思い出したよ。確かあんたに会った日ってなあ、大黒屋の先代が殺されて、金が盗られた日だったっけな。町中、大騒ぎだった。それ聞きつけて、んなこと言ってんのか」
「あの……え?」
「あんた俺が殺して、金を盗んで、逃げてる途中に会ったと思ってんだろう?」
 じろりと睨むから。朔は正直に頷いた。
「……ったく。いい加減にしろよ」
 うんざりした顔の圭吾に、ぺちぺち頬を叩かれる。全然痛くはなかったけど、朔はわけがわからないと言いたげに、まばたきを繰り返していた。
「その日のうちに下手人なんか捕まってんだ。大黒屋の弟だよ。でかい商いの日だってんで、先代が金持ってんの知ってたんだろうさ。あいつぁ博打の借りが膨れ上がってるってんで、有名だったからな」
「弟さん……?」
「大黒屋は娘と婿が親父の後を継いで、いまや江戸にも進出しようかって勢いだ。切れ者の番頭が店仕切ってやがって、平和なもんだぜ?」
「……は……?」
「……は、じゃねえよ。誰が人殺しの盗賊だ、ふざけんなっ」
 今度はふにっと頬を抓られて、朔は目を見開いた。
「え…えええっ?!」
 まん丸に目を見開いている朔の前で、圭吾は不機嫌な顔でむくれている。おまけだとばかりに額を軽く叩かれた朔は、握り締めていた圭吾の手を離し、おろおろと身を小さくしていた。
「だ、だって…」
「だって何だよ」
「だってあの状況じゃ…あなた大金持ってたし、血の匂いをさせてたし…」
「だから仕事の帰りだって言っただろ。時雨(しぐれ)から聞いてんじゃねえのかよ」
「時雨?」