朔の美しさに、村人たちは皆しばし呆然として、そのうち「男だと言うことを差し引いても、圭さんに似合いのいい人だ」と納得し、二人を温かく受け入れてくれている。
しかし実のところ、朔は数年前から村の近く、ほんのすぐという場所にいたのだ。ただ圭吾が誰にも会わせなかったせいで、その存在を知る者がいなかっただけ。
いや会わせなかった、どころじゃない。
圭吾は幼い頃に一度、朔と出会っている。そのとき圭吾には強烈な恋情が刻まれていた。
二十年近い時間を経たにも関わらず、少しも容姿の変わらぬ朔と再会。圭吾はその時、思い余って彼を捕まえ、暗い洞窟の岩牢に閉じ込めてしまった。しかもそのまま、朔を慰み者にしていたのだ。
誰にも言えるはずがない。
そんな、己ですら吐き気がするような、残酷な所業。
身体ばかり先になってしまった二人が、ようやく心を繋ぎ、互いの誤解を解くことが出来た時。気が狂いそうなほど朔が愛しくて、愚かな手段をとった圭吾を、彼は許してくれた。
能面のような無表情で圭吾を睨むばかりだった朔が、今では蕩けるように甘い顔で圭吾を見上げ、微笑んでくれる。
ここにいてくれ、と。掠れるような声で囁いた圭吾に、朔は微笑んでくれた。
ずっとあなたに縛っていて……甘えた声で言葉を返してくれた朔。その美しさに、圭吾は脳の奥が痺れるような感覚を味わった。
淡い色の瞳と同じように、淡く光に透けるような髪色。いくら日に当たっていてもあくまで白い、肌理の細かい肌。
正面に立って顔を合わせていても、つい男か女か、迷って首を傾げてしまうような美しい朔。
不思議な雰囲気を持つ朔が、行き場のない運命に翻弄されていることを話してくれた時、圭吾はようやく合点がいった。幼い頃の記憶と何一つ変わらない、今の朔の姿に。
だから圭吾は、少しも疑うことなく彼の言葉を信じたのだ。
傷も病も、朔には縁遠い話。
それどころか、老いていくことも、死ぬことすら出来ないと。涙を零す朔は切ない顔で、圭吾を探していたのだと囁いた。
彫りもの師である圭吾の腕には、技の継承が終わり、一人立ちが許されたときに師匠から彫ってもらった、見事な夜桜が咲いている。その桜を見つめるように、首筋に刻まれている痣は、生まれつきのもの。
まるで描いたように、くっきりと浮かび上がる三日月。
同じ形の痣が、朔の背中にもあった。
呪われた運命を解くため、同じ形の痣を持つ者を探していたという朔。
彼の閉じられた運命は、圭吾と千夜身体を繋ぐ事で開かれるのだという。
確かに少しずつ、薄くなってきている朔の痣は、今やもう、見てもわからないほどになっている。
九日前に圭吾が朔を抱いたとき、曖昧な行灯(あんどん)の光などでは確認できなかったくらいだ。
一緒に村で暮らすようになり、一人立ちしたいと言い出した桜太が町へ出て行って。二人だけの生活が始まっても、圭吾は村で仕事をする気になれなかった。
だいたい、朔が美しすぎるのだ。それが桜太が町へ行った今でも客を家に招かない、最大の理由。
涼やかな目元と、赤い唇。頬から首もとまでの線が、なんとも流麗に美しくて。ほわりと崩れるように微笑む朔の姿など見たら、大抵はぼうっと彼を見つめるだけになってしまう。
気が遠くなるくらいの時間、人目を避け一人で生きてきたと、朔は言うけれど。この美しい人が、人目を避けていたり出来るはずがない。そういう朔の無自覚さに、圭吾は頭を抱えるのだ。
その上、圭吾の友人が言うには、圭吾と想いを重ねてからの朔は、どんどん艶っぽくなっているのだとか。お前のせいだと言われてしまったら、圭吾には文句も言えないのだけど。はっきり言って、村から出すのが怖いくらい。
朔の心が他の男に揺らぐなんて、考えてはいない。しかし朔を見た男たちの方が、熱を上げることなど、火を見るより明らかだ。
また当の朔といえば、勝手に熱を上げた男から声をかけられ、適当な言葉で言いくるめられてしまったら、良く考えもせずについて行ってしまいそうな性格をしているのだ。
「ったく、面倒起こしてくれるなよ!」
街道を転げるような勢いで走っていく圭吾は、ちっと舌打ちをして、肩にかけていた羽織を脱ぐと、それを手に持って先を急いだ。