【9特集・改】 P:03


 
 
 
 午の中刻。(12:40〜13:20)
 圭吾の視界に、ようやく町への大門が見えた。
 
 
 圭吾は肩で息をしながら、足を止める。
 もはや走っているのか歩いているのか、自分でも判断がつかないような速さで町へ戻ってきて。ようやく見えたその入り口に、息を整える。
 江戸への物流の拠点となり、水路が発展しているこの町は、自衛の手段として、街道沿いの入り口に門を設けていた。
 とくに手形などが必要なわけではないのだが、町の名主たちに雇われた門番が、人の行き来を常時観察していて、深夜から日の出までの間、門を閉めてしめてしまうのだ。

 ひと月の間に何度も町と村を行き来し、しかも町のど真ん中で絡まれ、大立ち回りを演じて以来、圭吾の腕っ節の強さは知らぬ者がない。自分たちも腕に覚えのある門番とは、ずっと前から顔なじみだった。

 大きな呼吸を繰り返し、歩調を緩めて近づいて来る圭吾に、門番の男は不思議そうな顔で首をかしげていた。
「圭さん…あれ?どうした」
「どうしたもこうしたもねえよ…」
 随分とぐったりした様子の圭吾と、目を丸くしている門番が、まだ薄暗い日の出の頃に笑顔で別れてから、まだ四刻も経っていないはずだ。
 今朝一番にここを出て行ったのは、間違いなく圭吾だったはず。
「あんた、今朝一番にここをくぐったじゃねえかよ」
「ああ、くぐったさ。そのまま村まで帰って、とんぼ返りだ」
「えええ?!村まで帰って、もう戻ったのかい」
 ここを出てから、そう何刻も経っていないだろうに、と。わらわら集まってきた門番たちは、顔を見合わせている。
 手の甲で流れる汗を拭った圭吾は、彼らを見つめて聞いてみた。
「朔、覚えてるか?」
「ああ。あんたんとこの、えれえ別嬪さんだろ?」
 前に一度、二人でここへ立ち寄った際に紹介された朔は、その美しさと朗らかさで、しばらく門番たちの噂になったから。
 それは良かった、と頷いて。圭吾は顔を上げる。
「通ってねえか?今日」
「ん?ああ、通ったぜ。確かありゃあ…巳の上刻(10:00〜10:40)ぐれえか?」
 今はもう、太陽が天上へ昇ろうとしている。
 間に合わなかったか、と厳しい顔になった圭吾には、朔の次の行き先に心当たりがあった。
「相模屋(さがみや)だろうな、きっと」
 そこが圭吾の定宿であり、離れの部屋を仕事場に借りていることは、朔に話してある。
 門番の男たちに、朔を見かけたら引き止めておいてくれるよう頼んだ圭吾は、その足で相模屋へ向かった。