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【9特集・改】 P:15


「探し人は見つかったようですね…後のことはお任せします。店へ戻った方々には、仕事に戻る前に、お茶を差し上げてください」
「へい」
 弥空の指示を受けた男が、朔に軽く頭を下げ店へ戻って行った。少し足を引きずっている老人も、若い衆に肩を貸されて中へ入っていく。
 彼は暖簾をくぐる直前に、朔と弥空を振り返った。
「弥空、この方にも中へ入っていただいたらどうだね。十分にお礼をしなくては」
「いえ、そんな。いいんです」
「そうですよ、おじい様。今日は桜太くんも留守にしていますし、朔さんにもご都合がありますから。お礼でしたら、日を改めましょう。おじい様も早く中へ入って、休んでください。町名主様のところへ行くだけで足を痛めたなんて…今度からは必ず誰かを伴って下さいよ」
 さらりと老人の気遣いを受け流し、ちくりと釘を刺すことも忘れない。
 残念そうな老人は、弥空の言葉に「また年寄り扱いしおって」とぶつぶつ言いながら、深く朔に頭を下げ、店の奥へ消えていった。
 さっきまで自分が老いたことを自覚したと言っていた老人の、まるで子供のような愚痴。思わず笑ってしまった朔は、じっと自分を見つめている弥空に気づき、首を傾げた。
「弥空さんはおじい様を探していらっしゃったんですか?」
 そう尋ねる朔の、何もわかっていない様子。
「…あなたですよ」
「え?」
 どうして弥空が自分を探すのだろうと。不思議そうな朔の前で大仰にため息をついた弥空は、大人びた顔で笑った。
 桜太とそう歳が離れていないと聞いているが、年の割りに上背のある弥空は、桜太よりずっと男っぽさを感じさせる。
「圭吾さんね、今朝早くに村へ戻られたんです」
「…えええ?!」
「一日早く仕事を済まされたのでね。もっとも村に着いた途端、とんぼ返りされたようですけど?」
「あ……」
 自分が思いつきで起こした行動は、思わぬ大騒ぎを呼んで、圭吾を心配させたようだ。しゅんと肩を落とした朔は、ちらりと隣に立っている弥空を窺った。
「…怒ってましたか?圭吾」
 おずおず聞いてくる朔を見て、圭吾の言葉を思い出した弥空は、声を上げて笑い出した。
「あははは!本当に、あなたは」
 圭吾はいつも肩を竦めながら「朔はところどころ抜けていて、そこが可愛いんだ」なんて、弥空に惚気るのだから。
「弥空さん?」
「圭吾さんが惚れ抜いているのも、わかる気がしますよ。…そう怯えなくてもいいんじゃないですか?怒っているというより、心配されてましたから。早く顔を見せて差し上げてください」
 とん、と朔の腕を叩いた弥空は、空を見上げた。お日様を覆い隠してしまった雲が、みるみる厚くなっていく。相模屋はすぐそこだが、間に合わないかもしれない。
「少し待っていて下さいね」
 店へ戻った弥空が、傘を手に出てきたとき。ちょうどぽつりと、二人の着物に雫が落ちた。
 顔を見合わせる。
「…間が良かったようです」
「本当ですね」
「ご一緒でも構いませんか?」
「はい」
 にこりと笑う朔は、傘の柄を握る弥空からそれを受け取ろうと手を出したのだが、やんわり断られてしまった。
「歩きにくいですか?」
 背の低い自分が、傘を差しかけていると。聞かれた朔は慌てて首を振り、弥空の心遣いに気づいて、言葉を失う。
 ……傘を受け取る理由がなくなってしまった。
「では、行きましょう」
 にこりと笑う弥空は、気にした様子もない。ほっとして隣を歩き出した朔に、近くに見える相模屋を指差し、待ってらっしゃいますよと、柔らかい声で話してくれた。