【9特集・改】 P:17


「だって…ははは。そんな意地悪なこと、しなくていいじゃありませんか。私は朔さんのおかげで、余裕のない圭吾さんを見られて得をした気分ですよ」
「言ってろ」
 むすっとした顔で煙管を咥えた圭吾。弥空は楽しそうに、唇の端を上げる。
「あなたはどんなことにも、浮き足立ったりしないのだと思っていました」
 揶揄の言葉を聞き、圭吾は不機嫌な様子で煙管を叩くと、灰を落としてそれを煙草盆に置いた。
 視界の端に、居心地の悪そうな朔の姿。
「…惚れた奴の大事に、動揺しない男なんかいねえだろ。それにな、弥空。こいつはいつだって、ふわふわしてんだ。手え離したらどこ飛んでくか、わかんねえんだよ」
 お前を見失って不安だった、と言う代わりにそんな言葉を口にされ、朔は何か言いたそうに口を開いたのだが。何を言えばいいか分からず、口を噤んでしまう。
 切ない表情になった朔の肩を見つめ、弥空はため息を吐いた。
「どこへ飛んで行くと言うんです?」
「………」
「あなたを置いて、朔さんがいなくなるなんて。あるわけないでしょ?そんなこと」
「どうだかな」
「あんまり拗ねてると、それこそ嫌われますよ。圭吾さん会いたさに町まで来てくれたんですから。何か他に言うことがあるんじゃありません?」
 じろりと睨まれる。
 圭吾は朔の瞳に、うっすらと涙が浮かんでいるのを見て。確かにそうだと頭を掻いた。
「ったく…金平糖探して、町中歩き回ったって?相変わらず抜けてんな、あんたは」
「…ほっといてください、わかってます」
 葉霧にも言われたし、近江屋の大旦那にも変わっていると言われたところだ。
「しかも当の梅島屋は閉まってたんだろ?ほんと、どうしようもねえ」
「わかってるって、言ってるじゃないですかっ」
 きゅうっと自分の手を握り締めた朔の肩を、弥空が宥めるように撫でてくれる。
「でも圭吾さんは、そこが可愛いと、思っていらっしゃるんでしょう?」
 もう苛めてやるなと年若い弥空から諌められて、圭吾は仕方ないと笑った。
「まあそうだな。可愛いだろう?」
「やれやれ…惚気も聞き飽きましたよ」
「そう言うな。俺は聞かせ足りねえぞ。朔のことなら一晩でも二晩でも話してやるから、聞いていけ」
「勘弁してくださいよもう…」
 朔はいきなり甘いことを言い出した圭吾のことを、呆然と見つめている。うんざり顔の弥空が朔を覗き込んだ。
「いつもこうなんですから。この人の意地悪な言葉を真に受けると、損をしますよ」
「弥空さん…」
「あなたに甘えられたら、どうせ不機嫌な顔なんか続きませんよ。…いつまでもしつこいようなら、涙の一つも見せてやればいいんです。絶対に言うこと聞いてくれますから。きっと何でもしてくれますよ」
「余計なこと言うんじゃねえ」
 いらぬ知恵をつけるなと、釘を刺す圭吾に肩を竦めて見せた弥空は、早々に立ち上がった。
「じゃあ私はお暇します。ここにいたら圭吾さんの惚気を聞きすぎて、耳を悪くしそうですし
「とっとと帰れ」
「はいはい。…明日はお二人でいらっしゃいますか?」
「…ああ、そうだな」
「わかりました。桜太くんには話しておきますね」
「そうしてくれ」
 弥空は穏やかな表情で微笑むと、励ますように何度か朔の肩を叩いて、離れを後にした。