きょとんとしている朔の前で、圭吾は溜息をついた。
「そんなけわかりやすい顔してれば、誰だって気づくだろ。お前な…あそこは陰間茶屋なんだぞ?」
「はい。そうですね」
「…だから…連れて行きたくねえんだよ。わかんねえか?」
朔のような美しい人を、男の情欲を売り買いするような店へ連れて行くなんて。想像するだけでも、圭吾は気が遠くなりそうだというのに。
ぱちぱち目をしばたかせていた朔は、葉霧に「気安くこんなところへ来るな」と言われたことを思い出して、頷いた。
「ああ…そうですね。…で、でも、圭吾が一緒なら、おかしなことにはならないと思うし…」
どうしても駄目?なんて。首をかしげ、もう一度聞いてみる。
朔の甘えた表情に、彼は肩を竦めた。
「邪魔だけはすんなよ」
「!…はいっ」
「あと、俺か弥空のそばを離れるんじゃねえぞ。約束できるか?」
「しますっ、必ず約束しますから!」
嬉しそうに抱きついてくる朔の背中を撫でつつ、圭吾は恨めしそうに天井を見上げていた。
――弥空…てめえ、覚えてろよ…
さっきまで泣きそうな顔で落ち込んでいたというのに。
自分が駆けずり回ったことを許してやったのも理由だろうし、朔のいつもの飛躍思考も理由だろうが、この際全ては余計な知恵をつけた弥空に責任転嫁しておく。
雨のせいで薄暗い離れに気づいた圭吾は、朔に抱きつかれたまま手近に置いてあった行灯を引き寄せた。
「こら、ちょっと離れろ。火が点けらんねえだろ」
名残惜しそうに離れる朔は、それでも頬を綻ばせて圭吾の唇に軽く触れていった。何度か髪を撫でてやって、行灯に火を灯し明るさを取り戻した圭吾は、改めて朔を見つめる。じっと確かめるような圭吾の熱いまなざしに、朔はわずかに頬を染めた。
震える唇が「けいご」と、声にならない言葉を零す。その言葉を掬い取るように、圭吾は朔と唇を重ねた。
「ん…っ、ん」
甘い吐息を吐き、うっすら唇を開く朔の誘いを、圭吾はあっさり受け入れた。気が狂いそうなほど心配していたと伝えるように、熱い舌を朔の口腔へねじ込んでやる。
緩やかに腕の中の朔を抱きなおし、深く繋がるよう、角度を変えて。しばらく甘い唇を味わっていた圭吾は、そっと朔の手を取った。
「朔?」
「んっ…や、けい…ご」
足りないとねだる朔の髪を撫で、宥めるように唇を何度か重ねてやって。掴んだ手からゆるゆると布を解き、もう一度「これどうしたって?」と尋ねた。
「ん…葉霧さんと会ったときに、ちょと怪我をして」
葉霧を庇ったのが理由だなんて言ったら、せっかく連れて行ってくれると言ってくれた約束を反故にされそうなので、それは黙っておく。
まあ、三人で会えば絶対にばれるだろうが、そこは気づかないのが朔だ。
「同じお店で働いている少年が、手当てをしてくれたんです…」
「へえ…気づかれなかったのか?」
手当てをする頃にはきっと、傷は消えてしまっていただろうに。
「ええ。でも大したことはないと言われましたから、不思議だとは思っていたかもしれないですね」
「ったくお前は。気をつけてくれよ…」
はらりと布を落とし、圭吾は目を見開いた。見間違いかと思って、行灯のそばへ手を引いて、もう一度確かめる。
でも、確かに。
……いやまさか……しかし。
「……朔」
「はい?」
顔を上げてもそこには、圭吾に心配されることを喜んで、のんきに笑みを浮かべる朔がいるだけ。
本人も気づいていないのか?
そういう、ものなのだろうか。
「………」
「圭吾…どうしました?」
「ちょっと、むこう向け」
「は?」
「いいから!」
抱き上げていた膝の上で朔の身体を反転させ、背中を引き寄せる圭吾は、片手で朔の手首を掴んだまま、もう片方の手で脚の長い行灯をいっそう引き寄せる。
雨が降っているとはいえ、外には石灯籠に火が灯してあって、仄かに明るい。
二つの明かりが手伝う中、圭吾が朔の着物を剥ぐと、そこには真っ白な背中が浮かび上がった。
「っ…あ、けいご…?」
動揺して震える、繊細な背中。
傷一つなく、染み一つない。
どこもかしこも真っ白に、きれいな。
圭吾は震える手でそこに触れ、唇を押し付けた。
「ん、んっ」
きつく吸い上げる圭吾に歯を立てられ、朔は眉をしかめる。しかし圭吾は、そんなことを気にしていられなかった。
ゆっくり、唇を離して。
濡れた肌を、指先で拭う。
痛いくらい見つめる、圭吾の視線。その先で、確かな所有印が赤く刻まれていた。
白い肌に、くっきりと赤く。
しばらく見つめていても、それは消えずに……淡い鬱血の痕が新しい刻印として、朔を束縛している。
「けいご…あの」
「朔」
「はい?」
「朔…朔!はははっ!」
圭吾の笑う声が、泣きそうに震えているような気がして。