亥の中刻。(22:40〜23:20)
朔は一人起き上がり、障子を開いた。
傍らには、圭吾が寝息を立てている。
そっと見上げる先に、きれいな形の月が浮かんでいた。
ごろりと寝返りを打った圭吾が、無意識だろうに自分を引き寄せようとする。
くすっと笑った朔は、その手を握り締めた。安心したのか、圭吾の腕からすうっと力が抜けて。
「…今宵は三日月だったんですね…」
今まではどうしても、その姿を見るのが切なかったから。こんなに落ち着いた気持ちで見上げることのなかった夜空に、弓形の痩せた月。
朔はふうっと息を吐いた。
同じ運命の元にいた兄や弟は、今頃どうしているだろう。静かで永い眠りが、彼らを包んでいればいいのだけど。
どうか幸せに、と。朔は静かに呟く。
彼らの行方が気にならないわけじゃないが、会って苦しめる可能性があるなら、このまま永遠に会わない方がいい。
……でも。
彼らを愛してくれる人に会ってみたいと思うのは、我がままだろうか。それはきっと、自分が二人に圭吾を見て欲しいと思っているからだ。
朔は圭吾を見下ろした。
何度も何度も身体を繋いで、彼の精を注がれ、快楽に狂い声を上げた。今はこうして穏やかな寝息を立てている圭吾に、熱く翻弄されていた。
この人が、一番大事な人なんです。
そう伝えて、今の想いを聞いて欲しい。
兄や弟以外の人を愛しく思うことが、罪悪のように考えていた時期もあるけど。彼らを愛しく思うのと、圭吾を見つめるのは、全然違う気持ちだと気づいたから。
いつだって自分のことより、弟たちを優先してくれた兄に。
どんな時にも兄たちの心を、大事にしていてくれた弟に。
どうか、聞いて。
この人が私を許してくれた。
だからきっと、あなたたちも。
圭吾の前髪が汗で貼り付いているのに気づき、朔が手を伸ばす。ゆったりかき上げてやったところで、ふいに圭吾は目を開けた。
「…さ、く?」
「あ…すみません、起こしてしまいましたか?」
「…眠れねえ、か…?」
「いえ。…少し目が覚めただけです」
「そうか。…ん」
まだ眠そうな目で、圭吾は朔に手を差し伸べてくれる。
「はい?」
「おいで、朔…」
首を傾げる朔に、圭吾が半分寝たまま笑みを浮かべた。
「一緒に、いるんだろ…」
「圭吾…」
「…おいで」
朔は迎えてくれる手を取り、促されるまま身体を横たえて、圭吾の腕に頭を乗せた。朔の髪を撫でてくれる圭吾の寝息が、すうっと深くなる。
それでもなお、慰めるような温かい手が頭を撫でてくれていて。
「…ずっと、捕まえていて下さいね…」
――私を離さないで……
小さく呟いた朔は、安心したように微笑んで、自分も目を閉じた。
【了】