いつも縛り付けられている診察台の支柱には、テオの血が染み付いた細い縄が、役目を果たさずに掛けられている。
どうせ逃げられはしないと侮ったのか、それともテオが目覚める前に戻るつもりだったのか。
もしかするとリュイスはすぐそばにいて、テオが逃げ出すのを待ち構えているのかもしれない。
疑心暗鬼に陥りかけたテオだが、どうせいくら考えても、リュイスの卑劣な思考などわかるはずがない。
溜息を吐きながら寝かされていた診察台を降りると、度重なる行為に疲れ切った足腰は身体を支えられず、その場に座り込んでしまった。
「はは…これじゃ縛る必要もない、か」
情けなくて涙が零れてしまう。
テオはそのまま蹲って、しばらく声を押し殺し泣いていた。
どうしてこんなことになったんだろう。
最初はただ、リュイスの真意を確かめたかっただけなのに。
リュイスの裏切りを信じられなくて、もう一度会いたくて志願した、海賊討伐隊。しかし再会できて知ったのは、あまりにも変わってしまったリュイスの姿。
確かに昔から意地悪な人だった。
くだらないイタズラを仕掛けては、楽しそうに笑っていた。
でもこんな風に、他人の心を踏みにじるほど、残酷な人ではなかったはずだ。
両親を亡くして独りぼっちになった幼いテオを、引き取ってくれたリュイス。
あのとき差し伸べられた手が、テオは本当に嬉しかった。
リュイスにとって、自分を庇って死んだ部下の息子を引き取ったのは、単なる義務感かもしれない。でも彼は単に援助を申し出るだけではなく、王宮の中に構えていた自宅へ、テオを一緒に住まわせてくれたのだ。
元帥だったリュイスは職務に忙しかったから、テオの相手をしてくれるのは、剣の稽古ばかりだったけど。
誰より美しくて強い緑の賢護石(ケンゴセキ)と一緒に暮らせることは、テオにとって何よりの幸せだった。
「リュイス…さま…」
ここにはいないリュイスを昔と同じように呼んで、テオはじっと自分の足首を見つめる。うっすら残っている傷。これはずっと前に負った怪我のなごり。
魔力を使えばどんな傷でも、痕を残さずに治療出来るリュイスだが、この怪我をしたときだけは、いっさい治してくれようとしなかった。
己の未熟さを思い知れ、と激しく叱責された。いつもの面白がってからかうような口調ではなく、真剣に怒鳴られたのを覚えている。
なんの罪もない庶民からの略奪行為が露見して、リュイスに軍籍を剥奪されたことを逆恨みした男に、襲撃されたとき。テオはリュイスを守ることしか考えられず、咄嗟に飛び出してしまった。