王国で最も優れた剣士であるリュイスのことを、まだ剣の稽古を始めて三年足らずだったテオが、守ろうとしたのだ。
結果だけ見れば、テオの怪我は軽傷だったし、男も捕えられリュイスを守ることも出来た。それでも考えなしに行動を起こして怪我を負ったテオのことを、リュイスは許してくれなくて。
しばらく口を利いてもらえなかったな、とテオは古傷を撫でながら思い出す。
もしかしたら彼を守って死んでいったテオの父親と、幼いテオ自身が、リュイスの中で重なってしまったのかもしれない。
周囲の者の説得にも応じず、自宅へ帰ろうともしなかったリュイスは結局、他の賢護石たちに宥められて、一週間後に帰ってきた。まだ幼かったテオは、ぼろぼろ泣きながら謝って、ようやく許してもらったのだ。
リュイスの優しさはわかりにくい。
いつもふざけていて、子供のようなイタズラばかりする。意地悪な言葉で人をからかい、慌てる姿を見て楽しそうに笑っているような人。
でもテオにとって、彼と一緒にいることが生きる目的の全てだった。
その為なら、どんな努力も惜しまなかったくらい。
忙しさを理由に、テオの相手などほとんどしてくれないリュイスが、唯一自分だけを見てくれるのは、剣の稽古だけだ。
しかもそれは優しさとは程遠く、周囲が止めるくらいの厳しい稽古だった。
容赦ないリュイスの剣に、テオが何度倒れても、彼は「立て」と命じた。
お前は戦場でもそうして蹲っているつもりなのか。生きて帰還する気のない兵士など、私の軍には必要ない。
リュイスはそう言って何度でもテオを立ち上がらせ、しかし時間の限りテオの相手をしてくれていた。
子供であるテオが相手でも、リュイスが手を抜いてくれることはなく、結局テオは一度も勝てなかったけど。でもテオにとって、リュイスが自分だけを見てくれる稽古の時間は、大切なものだったのだ。
いつもは家にいる使用人たちにテオの世話を任せ、放任主義もはなはだしかったリュイス。意地悪で、冷たくて。テオが泣くようなことをしては、面白がって笑っていた。
それでもテオは、そんな彼の姿が大好きだったから。
屈託のない笑顔。
宝石のような瞳と絹糸のような髪。
きれいなきれいな、緑の賢護石。
一番大好きだった人。
テオは涙を拭って、診察台の支柱を掴むと、ようやく立ち上がる。
おそらくはかつて、この部屋を使っていた医師のデスクだったのだろう机に、飾り気のない服がひと揃え置いてあるのが見えた。リュイスが自分でテオに与え、また無理やり脱がせたものだ。