「強情なんだよ、あの子は」
「…本当か?」
「どういう意味だ」
「気が変わったんじゃないだろうな?まさかと思うが、情が湧いたなんて言うなよ。大体お前は昔から…」
「もうその話はいい。テオは必ず仲間になるよう説得してから王宮に帰す。それでいいんだろ」
もう聞いていられなくて、テオは耳を塞ぎ救護室の端まで逃げていた。
酷い陵辱も、思い出したように時々与えられる甘い愛撫も、なにもかもその為なのだ。レフが作ってくれた料理だって、たとえ味が同じだとしても、昔と今では意味が違う。
埃っぽい救護室のすみに蹲るテオは、震える身体を自分で抱きしめた。
リュイスたちはテオを海賊の仲間に引き入れるつもりだ。
しかも内通者として王宮に帰らせ、いつか再びクリスティンを、そしてラスラリエの人々を傷つけるために、テオを利用しようとしている。
「どうして…リュイス様…っ」
身体を傷つけられるより、ずっと痛い。
まるで道具みたいに。内通者なんて、いつでも切り捨てられる存在じゃないか。
それをテオにさせようとしている。
あんなに優しかったレフまで、リュイスの企みに協力して。
ぼろぼろ流れる涙を拭い、ふらつく身体を支えようとして手をついた。汚れた布がかぶせてある何かの箱。テオが力を入れた拍子に、布がずるずると外れていく。
涙に濡れた目を見開いた。
そこに隠してあったのは、リュイスに取り上げられた、テオの剣だ。
元々テオの使っていた剣は、最年少の十五歳で近衛師団に抜擢されたとき、リュイスに貰ったものだった。しかし海賊討伐隊に志願して軍籍を移すとなれば、周囲の手前それを使えなくなって。
事情を知ったクリスティンが、この新しい剣を贈ってくれたのだ。
「陛下…クリスティン様…!」
剣を抱きしめて嗚咽を噛み殺す。
どんな残酷な目に遭って傷ついても、悲しい嘘で欺かれても、自分のところへ戻ってきなさい。クリスティンはテオを抱きしめてそう言ってくれた。テオの真実は、自分の元にあるのだと。
ならば、帰るのだ。どんなことをしてでも。
今までも何度かここから逃げ出そうとしたテオだったが、リュイスの持っている剣を奪うことは、考えたことがなかった。
リュイスに傷を負わせるなんて、感傷を切り捨てられないでいたテオには思いつきもしなかったのだ。
「甘く見ていたと、後悔させてやる…」
手の甲でごしごし目元を拭い、剣を手にして立ち上がる。
甘かったのは自分だ。過去に囚われて、リュイスへのかすかな期待を捨て切れなかった。