クリスティンの強靭な精神力を、似た立場になったテオは、初めて思い知った。
身を抉られるような痛み。
自分の何がいけなかったのか、堂々巡りを繰り返す後悔。
リュイスに囚われていたときは、変わってしまった彼を見るのが辛かった。酷い陵辱に、身体も心も悲鳴を上げていた。
でも、今は。
こんなにも心が乾いて、思考が上手く回らない。
牢の外がざわついている。何人かの兵士が集まり、テオを見てニヤニヤ笑いながらろくでもない相談をしていた。
「おい」
兵士の一人がテオに声をかける。
鉄格子を掴んで覗き込んでいる男。ちらりと視線を上げたものの、テオは何も答えようとしなかった。
「お前、魔族に犯されたんだろ?それとも自分で誘ったのか?」
ここに幽閉されてから、何度となく繰り返された問いかけ。好色な興味は尽きることがないのか、入れ替わり立ち代り彼らは同じことを聞いてくる。
うんざりして顔を背けるテオに、男たちは笑い声を上げた。
「おい、やめろ!」
代わりに声を上げたのは、隣の牢に閉じ込められている兵士。テオはぼんやりと視線を上げ、声のする方の壁を見つめた。
「うるせえなあ、お前には聞いてねえよ」
「隊長がそんなことをするはずないだろ!この人が若くても強くて、信頼できる人だってことは、お前たちも知ってるじゃないか!」
「ソレとコレとは別だって」
「なんだあ?実はお前もこいつと寝たクチか?」
元は同僚だった者たちの言葉に、テオを庇い続ける男も口を噤んだ。その様子に満足したのか、牢の外にいる兵士たちはテオに向き直る。
「なあ、隊長さんよ。魔族と交わったら例の毒で死ぬって話、本当か?」
「なに…?」
「副隊長は、だからお前には手を出すなって言うけどよ。よく考えたら、アンタ生きてんじゃん」
にやにやと野卑た笑みを浮かべ、男は膝を折るとテオの顔を覗き込むようにして、鉄格子に手を掛けた。
地方の町で発生し、ついに王都の人々まで罹患した死にいたる病。その根源が魔族の体液だということは、王宮の研究機関で突き止められている。
魔族がヒトに牙を向いた、始まりの事件だ。
当初は王都でも、魔族を責める者と、彼らに罪はないと庇う者に、人々の声は二分されていた。リュイスの手で育てられたテオも、魔族たちを庇っていた一人。
しかしヒトは、あの血の戴冠式に思い知る。自分たちの身が、危険に晒されていたこと。
魔族はとうに、自分たちを滅ぼす気で行動を起こしていたのだと。