初めてのことだらけで、テオは混乱してしまう。それは、リュイスの口から一度も聞いたことがない言葉。
リュイスから与えられるのは、いつも命令であって依頼ではなかった。どんな状況でも、あのリュイスがテオに向かって「頼む」なんて。言うはずがないのだ。
混乱するテオを見つめ、リュイスはどこか辛そうに眉を寄せた。そのままもう一度同じ言葉を口にする。
「頼むから、おとなしくしていろ」
「リュ、リュイス様」
「今だけだ。今だけでいいから、おとなしくしていてくれ。素直に声を上げて、私に身を任せろ」
「…え?」
最後の言葉を聞いて、テオが不審げに首を傾げた途端。リュイスは顔を近づけてきた。
「ちょっと、あの…んんっ」
強引に唇を塞がれたテオは反射的に、彼の腕から逃れようと力を込めたけど。さっきと同じように舌を探られたかと思ったら、今度は歯を立てられて、びくっと動きを止めてしまう。
胸のあたりを探りながら、もう片方の手でテオの髪を撫でているリュイスが、何をしたいのかよくわからなくて。混乱するテオは、ちゅっと音を立てて下唇を吸われた瞬間、不意にこの行為につける名前を思い出した。
―――こ、これって…キス?!
そう思ったら急にかあっと血が上った。
リュイスに囚われてから何度も何度も、彼を受け入れさせられたけど。その時の行為とは、明らかに違う。これではまるで、恋人同士ようだ。
真っ赤になってしまったテオを見たリュイスは、いつもの意地悪な笑みではなく、柔らかい微笑みを浮かべる。
ゆっくりきれいな顔が近づいて。額に唇が落とされた。
「何も考えなくていい」
「リュイス様、でも僕…」
「いいんだ、今は何も考えるな。私だけを感じていなさい」
穏やかなトーンの声。リュイスはテオの耳朶を唇で柔らかく挟むと、胸元をつまんで優しく名前を呼んだ。
「テオ?」
「あっあ、や…」
「いい子だね」
「んんっ」
リュイスは何度も優しく名前を囁いて、テオを困らせる。
どんなに優しい声で囁かれても、リュイスは敵だ。基地に残してきた部下たちだって、きっとにテオを心配しているだろう。気を失う直前に聞いた、部下の悲痛な叫びを忘れたわけじゃないのに。
でもテオは、どうしても逆らえない。
リュイスに身を任せるのが、間違っているのはわかっている。それでも熱い息を吹きかけられると、頭の中に白い靄のようなものがかかってしまうのだ。
―――どうしよう…どうしたらいいか、わからない…
この救護室で与えられ続けた暴力を、忘れたわけではない。