第二王子は死んだ赤の賢護石から魔力を奪い取って、自身を魔族に変えたと聞いている。それが本当なら、リュイスの仲間は魔族だけ。
ヒトに剣を向けた魔族の中で、テオだけがただ一人のヒトとして、生きることになる。
不思議と身の危険は感じない。
だってリュイスは、ずっと一緒にいると言ってくれたのだから。
彼が支えてくれるなら、テオはいくらでも強くなれる。リュイスに守ってもらわなくても、自分の身くらい自分で守る。
それでもテオは、自分が魔族の中で暮らしていけるとは思えないのだ。
ヒトを、王家を憎む魔族たちの中にいて、いつまでも黙っていられるはずがない。
大切なクリスティンに斬りつけ、尊敬していた先王を殺した第二王子を前に、果たしてどこまで冷静でいられるのか。
考えても、答えは出せそうになかった。
テオのまぶたの裏に浮かぶクリスティンは、美しい金の髪を風に揺らし、透き通るようなアイスブルーの瞳を細めて微笑んでいる。そこに立っているだけで、王としての風格を備えている人。
国民に威圧感を感じさせない。慈愛に溢れた若き国王陛下。
戴冠式で大切な存在をたくさん失くしてから、彼は時々、物憂げに宮殿の窓から外を見るようになっていた。そんな時でもテオに気付くと、やっぱり優しく微笑んでくれた。
手を差し伸べてくれる。
穏やかに名前を呼んでくれる。
テオにとってあの人を裏切ることは、死ぬより辛いこと。
部下たちの前で深手を負い、リュイスに攫われたテオが帰ってこないと知ったら。そんな報告を彼が受けたら。
王宮の中であの人と言葉を交わす人間がまた一人失われたと、知ったら。
そう考えて、テオは我知らず自分の胸元を握り締めていた。
きっとクリスティンは、静かに政務へ戻るのだろう。周囲を気遣い、何でもない顔をして。誰にも伝えずに少しだけ、優しい心を削って。
戴冠式の後、気丈な態度で国民の前に立ったときのように。
「そんなこと、して欲しくない…」
でも、だったら。
このリュイスを求めて切なく締め付けられる気持ちは、どこへ持って行けばいいのか。
「テオ」
声を掛けられて顔を上げると、扉を開いてリュイスが立っていた。
「リュイス様…」
「驚いた。過去へ戻ってしまったのかと思ったぞ」
「え?」
「昔もそうして、泣きながら私を待っていただろう?」
苦笑いを浮かべるリュイスは、ぴたりと扉を閉めてテオに近づいてくる。施設に迎えに来てくれたときのことを言っているのだとわかって、テオは目元を拭い笑った。