それは、思ってもみなかった言葉。
テオは強い力で、思い切り胸の辺りを押さえつけられているような気がした。
苦しい。息ができない。
リュイスの言葉に頷いて、楽になってしまいたい。
でもテオが何を言うより先に、リュイスは肩を竦めて身を起こした。
「冗談だよ」
「リュイス様…」
「さて、どうやってお前をあいつらに返してやるかな。無事に帰せばまた疑われるだけだろ」
いまさっき言った言葉を忘れたかのように、リュイスは診察台から降りてテオに背を向ける。
混乱したテオは、泣きながら頭を押さえて首を振った。
国からも、海賊からも離れて、二人だけで生きていく。そう出来たらどんなに幸せか。でもそれは、絵に描くことも出来ない夢の話だ。わかっているからリュイスも、あっさり撤回した。
だけど、一度聞いてしまった甘美な誘惑は、頭に貼り付いて消えようとしない。
誰もいないところで。
誰のことも傷つけずに。
そんなことが、本当に叶ったら。
「待って、リュイス様っ」
慌てて飛び起き、診察台を降りたテオがリュイスを追いかけると、彼は振り向きざまに何かを振り上げた。
「っ!…く、ぁ…っ」
抜き身の刀身。クリスティンにもらったテオの剣だ。
「リュイス…さ、ま?」
自分の身を見下ろせば、ざっくり切り裂かれた胸に血が溢れている。焼けるような傷の痛みと衝撃で、テオはふらりと一歩後ずさった。
「お前は私の人質になっていた。無理やり剣を奪われ、監禁されて、抵抗も空しく傷を負わされた」
「やめ…っ」
「せいぜい暴れろ。外の奴らから疑われないようにな」
リュイスは剣を握りなおし、再びテオに振り下ろす。呆然としているテオは、それを避けることもできなかった。
今度は腕から血が流れた。足にも切りつけられ、立っていられない。ぐらりと傾いだテオの身体を、リュイスは服を掴んで引き上げる。
「抵抗しろと言ってるだろ」
「リュイス、さま…っ」
テオは首を振る。リュイスの意図がわからないほど、愚かではないけど。一番好きな人から与えられる暴力に、心が悲鳴を上げて動けないのだ。
膝をついて見上げたところに、血を流すテオと同じくらい苦痛に歪んだリュイスの顔があった。
「あ…」
「今度は、治してやれないぞ」
治癒のための魔力を持っているにもかかわらず、テオを治してやれないと苦しむリュイスの姿を見て、テオは涙を拭った。
自分は決めてしまったのだ。
どんなに辛くても、この人とは別の道を歩もうと。