「私はね…君に戻って来いなんて、余計なことを言わなければ良かったんじゃないかと、思っていたんだ」
「そんな…っ」
討伐隊に志願したとき、テオの真実は自分の元にあるのだから、何があっても必ずここへ戻ってきなさいと言ってくれたクリスティン。
その言葉は最後まで、テオの心を支えてくれたのに。
泣き腫らした目で自分を見つめているテオに、クリスティンは苦笑いを浮かべている。
「そういう意味じゃない。君が帰って来てくれたことを、私は本当に嬉しく思っているんだよ」
「陛下…」
「だけど、将軍に君が必死に抵抗して、リュイスから傷つけられたと聞いたときに…もしかして私のせいだろうか、私が戻れと言ったことで、テオに余計辛い思いをさせたんじゃないかと…そう、思ったんだ」
「そんなことありませんっ」
「テオ…」
「陛下のお言葉は、僕の支えでした」
リュイスに一緒に来いと言われて、心が揺れたのは事実だ。でも、テオを踏みとどまらせたのは、クリスティンの言葉に違いない。
必死な様子で首を振るテオを見つめ、クリスティンは優しく笑った。
「そう言ってくれると救われるよ」
「陛下…」
「君にまで会えなくなるのは、あまりに辛いからね…」
クリスティンの寂しげな呟きを聞いて、テオはベッドの上の手を握り締める。
弟に殺された父親。自分まで殺そうとした弟。自分を憎む賢護石たち。
その惨劇を見て、病の床についてしまった母親。…皇太后の悲しみは深く、陛下にすら会おうとしないと聞いている。
クリスティンが大切にしていたものは、ある日突然に彼の優しい手を離れ、彼のそばから消えたのだ。
テオは自分のした選択に間違いはなかったのだと、確信した。
それでも切なさに耐えかねて、じっと目を閉じる。
リュイスの誘いを断ったのは、辛い別れだったけど。この人のそばに戻ってきたのは、間違いじゃない。
ゆっくり目を開け、クリスティンを見つめた。
「どんな状況でも、私はけして陛下を裏切りません」
「…そうだね」
「私は必ず陛下のもとへ帰ってきます。リュイスは…敵なのですから…」
事実関係として、嘘は吐いてない。
しかしどうにもまっすぐクリスティンの顔を見ていられず、下を向いてしまったテオに、彼はぽつりと呟いた。
「それでもリュイスは、君に一緒に来いと言ったのだろう?」
弾かれたように顔を上げたテオは、まるで見ていたかのようなクリスティンの言葉に声を詰まらせる。
元から勘のいい人だ。黙っていても同じだろう。俯き加減にテオは、小さな声でクリスティンの言葉を認めた。