「…言われ…ました…」
「そうか」
「でも、僕…」
「責めているんじゃないよ、テオ。辛いことなら言わなくてもいいから」
責めるつもりはないんだと繰り返しクリスティンは言ってくれるが、さすがに顔を見られなくて。
ぎゅうっと目を閉じ、次の言葉を待っていたテオは、冷たい指先が頬に触れたのに気付いて、おそるおそる顔を上げた。
「戻ってきてくれて、ありがとう」
「あ…」
「リュイスに何を言われ、その場でどんな問答があったかなんて、問いただしたりはしない。私は君を信じるだけだ」
「陛下…」
「こんな傷を負ってまで、帰って来てくれたんだろう?…もっと酷いこともされたと聞いた…」
リュイスから受けた陵辱のことを言っているのだとわかって、テオはいたたまれない気持ちを抱え視線を伏せる。どう言おうかとさ迷う視界に、クリスティンの腕が見えた。
もう癒えているだろう傷は、服に隠れて見えないけど。あの戴冠式の日、クリスティンの抵抗に計画を挫かれたリュイスたちは、彼の腕を切りつけて王宮から逃げ出したのだ。
敵対していたと証明するため、わざと受けた自分の傷とは違う。本気で命を奪うつもりだった剣に、切り裂かれた腕。
その傷痕は、きっとまだ王の身体に残っているだろう。
「…北の村の話は聞いたかい?」
不明確な形のまま、心の中で大きくなっていく罪悪感に気を取られていたテオは、唐突に聞かれて顔を上げた。
「え?」
「国の北にある、山間の小さな村だ。126人の民が住んでいた」
「その村が…どうかしたんですか…?」
嫌な予感を抱えて尋ねるテオの前で、クリスティンは辛そうに眉を寄せる。
「陛下、教えてください」
「…犠牲になったんだよ」
「そんな…まさか」
「幼い子供まで、全員だ。たった三日間の出来事だった」
「例の…毒で?」
「ああ」
「じゃあ…じゃあ、魔族が…」
ヒトだけを滅ぼす魔族の毒。全ての始まりだった惨劇は、まだ続いていたのか。
沈痛なクリスティンの表情を見て、テオは唇を震わせる。
「いつの、ことですか…?」
「…………」
「お願いです。教えてください陛下」
「五日前に、最後の一人が亡くなった」
自分がのん気にリュイスと睦みあっていた時だと知って、テオは青ざめた。そんな恐ろしい計画があるなんて、リュイスは億尾にも出さなかったのに。
「私の責任だ」
「陛下のせいじゃありません!」
「テオ」
「だってリュイス様…リュイスはただ、その…陛下のことが」
「私のことが?…いいんだよ、言ってごらん」