クリスティンに促され、テオは躊躇いがちにリュイスの言葉を口にした。
「あの…陛下のことが、嫌いだって」
「…………」
「だから、王宮には戻らないって…それだけしか…」
「そうか」
「海賊の生活は楽しいって、だからお前も来いって言われたけど、でも」
「テオ」
「まさかそんな…そんな酷いこと」
自分の身が切られているかのように悲壮な顔をするテオを、クリスティンはゆったり抱きしめた。
「リュイスに言われたのは、それだけなんだね」
「はい」
「…私はね、テオ。北の村の話を聞いて、将軍を派遣することに決めたんだよ」
「あ…」
「この国は、多くのものを失った。また今も彼らに、多くのものを奪われつつある。だとすれば…リュイスの可愛いがっていた君でさえ、無事では済まないかもしれないと。そう思ったんだ」
抱きしめたテオの髪を撫で、溜息を吐いたクリスティンは、もう一度「戻ってきてくれてありがとう」と囁いた。
「陛下…」
「テオ。海賊討伐隊を辞めてもう一度、近衛師団に戻る気はないか」
「え?」
唐突な言葉に驚いて、何度かまばたきを繰り返したテオは、クリスティンの腕の中で顔を上げる。彼は苦い表情でテオを見つめていた。
「…もう忘れてしまいなさい」
「忘れ、て…?」
「そうだよ。君が受けた辛い出来事も、リュイスとの優しい記憶も…みんな忘れてしまいなさい」
「でも…陛下」
「君がリュイスを慕う気持ちはわかっているつもりだ。だが、テオ…彼らはもう我々の知る者ではないのだから」
その言葉に、テオはどう答えていいかわからなかった。
クリスティンが自分を思い遣って言ってくれているのだとわかっているに、どうしても頷くことができないのだ。
リュイスを忘れてしまったら、この身体を締め付けるような、苦しいけど身を焼くほど熱い愛しさまでなくなってしまう。
沈黙するテオの表情を見て、クリスティンは柔らかく微笑んだ。
「答えは急がないよ。よく考えなさい」
「…はい」
頷いたテオの頭をクリスティンがもう一度撫でてくれたとき、扉の向こうから国王を呼ぶ声がした。慌てて離れるテオに、クリスティンは肩を竦めて見せる。
「ゆっくり話せる時間がなくて、すまないね」
「いえ。お会いできて、嬉しかったです」
「まずは身体を治すことだよ、テオ。もちろん、心もね」
「ありがとうございます」
「何かあったら私のところへ使いを寄越しなさい。必ず助けるよ」
「陛下…そんな、もったいない」
「そう言わないで欲しいな」