全て忘れてしまいなさい、と囁いたクリスティン。テオを思い遣ってくれる彼の優しさを裏切り、リュイスへの想いに身を任せようしている自分が、どれほど罪深いかわかっている。
許して欲しいなんて、とても言えないから。
この王宮にいる限り、孤独に心を苛まれて一人泣く日が、何度も訪れるだろう。
それでも消し去ることは出来ない、ただひとつの秘密。
テオの恋は、命懸けの忠誠を捧げた国王クリスティンに対する、重大な裏切りだ。
だからこそ、もしこの想いが露見したとき、言い訳だけはしないと決めておこう。
たとえリュイスと共に処刑されることになっても、テオはけして後悔しない。
何度かついばむように触れ合った唇を離したとき、テオはじっと緑の瞳を覗き込んだ。
「…リュイス様」
「テオ?」
「貴方が、好きです」
「…ああ」
「好きです…大好き…」
「テオ…」
そう囁きながら、辛そうに眉を寄せるテオの言葉を、リュイスはじっと聞いていてくれる。
「…私は陛下に永遠の忠誠を誓う者。ラスラリエ王家の盾として敵に立ちはだかり、ラスラリエ王家の剣として、敵に立ち向かう者」
それは王国軍に入隊するときに捧げる誓いだ。三年前に入隊したとき、テオは新兵の一人として、先王アーベルと元帥だったリュイスの前で、この言葉を宣誓した。
「…だから…貴方とは、行けない」
きっぱり言い放った途端、テオの頬を涙が伝った。
無数の剣が降り注いでいるかのように、体中が痛かった。クリスティンへの忠誠とリュイスへの想いと、どちらも消すことが出来ない。
「ごめんなさい…リュイス様、ごめんなさい…」
「…………」
「貴方が好きです…愛してる…僕のわがままを…許して…」
クリスティンに許しを請うことは出来ないから。テオは泣きながら最愛の人に、懺悔の言葉を囁いた。
リュイスは目を閉じ、ゆっくりテオを抱きしめると、優しく背中を撫でる。
「わかった」
「リュイス様…リュイス様」
「もう泣かなくていい。お前の罪は、私の罪でもある。一人で背負うことはない」
テオの額に口付けたリュイスは、見たこともないほど穏やかに笑っていた。
「どうして私がここへ来たのかと、聞いていたね」
「…はい」
「お前に渡すものがあったんだ」
そう言って、リュイスは自分の服を開くと、かけていたペンダントを外した。
彼がいつもつけている、金の細工が施されたペンダントだ。涙を拭って見つめるテオの首に、それを掛けてくれる。