同じ賢護石には三十代、四十代に見える者もいる。
彼はたまたま、それが今の少年姿なのだ。
ここまで若い容姿で、賢護石の成長が止まったのは初めてのことだった。もちろん最初は、彼だけではなく周囲の者も、戸惑いがあったのだ。
しかし物事には全て、天の采配がある。ラスラリエではそう信じられている。
だからきっと、自分のこの姿にも意味があるはずだ……彼は自分に言い聞かせるのだが。そのせいで失ったものを数えると、悔しさを隠せなかった。
もう一度、嵐の空を睨む。
どうしても必要だった雨。王都の民を思えば、今が最も安全な時間なのだ。
王国中には彼の名において、けして違えることのない、気象予告が通知されている。
今夜ショアに嵐が来るのは、ラスラリエの全国民が知っていると言っても、過言ではないだろう。
変更は許されない。
彼としても、そこにどんな私情も、差し挟む気はない。
だから……彼に出来るのは、こうして。やまない雨を睨むだけ。
自分の名を叫び、泣きじゃくっている隣室の声に、じっと耐えながら。
息を潜めていることしか出来ないのだ。
「ねえ、お願い!レフを呼んでっ!あの人のそばにいなきゃ…私、あの人のそばにいなきゃいけないの!お願いっ」
もう一時間以上も繰り返し繰り返し、隣からは同じ訴えが聞こえてくる。
切なく泣き叫ぶ女性の声。少年……黄の賢護石レフを求め、ひと目でいいから会わせて欲しいと訴えているのは、かつてレフが愛した女性だ。
なのにレフは、けして彼女の元へ駆けつけることが出来ない。
本当は、そばにへ行って、肩をさすって、大丈夫だと語りかけてやりたい。
しかしそんなことをしたら、この十年の苦労が水の泡だ。どんなに彼女がレフの名を呼んでいても、もう全ては、終わったことなのだから。
「いやあああ!レフ!!レフに会わせてッ!レフ!レフッッ!!」
女性の声がひときわ高くなった。
とうとうレフは耳を塞ぎ、その場に蹲ってしまう。
彼女の声は鋭い刃となって、レフに降り注ぎ続けていた。
全ての原因はこの、夜の嵐だとわかっている。それでも彼には、嵐が去るよう祈ることが出来ない。
黄の賢護石がそんなことを祈ったら、本当にこの嵐は去ってしまうだろう。
―――アメリア!!
レフは声にならぬ声で、隣室の女性の名を叫んでいた。
嵐のたびに、彼女は記憶を混乱させ、レフに会おうと王宮へ駆け込んでくる。
もうレフと愛し合った記憶は消され、覚えていないはずなのに。
どんなに時間が流れても。
どんなに過去を書き換えても。
一番大切な想いの記憶を消せば、記憶ごと心が欠けてしまう。それは彼女にとって、本当に幸せなことのか。
かつて強く腕を掴み、レフに言い聞かせて思い留まるよう訴えたのは、彼と同じ賢護五石の一人。
もうこの世にはいない、紫の賢護石アルダだ。
「アメリア」
隣の部屋から唐突に、低く優しい男の声が聞こえた。
レフはよく知った声を聞いて、やっと息を吐き出した。
「ああ、先生!ベルマン先生、レフがっ」
「そうだね…でも、もう大丈夫。大丈夫だよアメリア」
「だって、私、私がレフを」