「オーベリ、自分で選んであと五人連れて行け。とりあえず、レフに無茶はさせるなよ」
「私を年寄り扱いするな!」
「はいはい、そんなにムキになるなよ。…いいか、手はずどおりの刻限で、情報の交換を行う。必ず誰か派遣しろ、行き違いは避けたい。ベルマンの息子を見つけたら、すぐに両親の元へ連れて行け」
冷静なリュイスの指示に従い、レフはカール・オーベリと共に数人の兵士を連れて、王宮を出た。
今夜の雨量はレフの予想を超えていた。
町に出ると、道が浅い川のようになっていて、側溝が溢れている場所も見受けられる。
嵐の予告が違えないことを知っている王都の人々は、固く窓を閉ざし家の中に引きこもっているのだろう。酒場も明かりを落としていて、往来に人の気配はない。
レフは兵士たちと共にベルマン家を訪ねたが、ひっそりと静まり返っている家の中に子供のいる気配はなかった。
周囲を確認させている間、ベルマンから預かった鍵を使って、オーベリと共に家の中に入る。場所は知っていたが、この家に入ったのは初めてだ。
「ウィル!いるか、ウィルト・ベルマン!」
一応声をかけてみるものの、やはり中に人の気配はない。明かりをつけて回るのはオーベリに任せ、レフは居間に置いてある本棚の前で足を止めた。
ふっと、緊張していた口元に柔らかい笑みが浮かぶ。
膨大な量の絵本。その半分くらいに、見覚えがあった。
「まだ捨てていないのか…」
六歳になるウィルトは、父に似たのかとても利発な子供らしい。普通は七歳から通う学校に、四歳で入学。現在は十歳の子供たちと同じ教室で学んでいると聞いている。
ラスラリエでは、年齢よりも学力を優先する。才能のある子供が、早い段階で学校に入ることも、珍しい話ではない。
中でもウィルトは、ずっと幼い頃からその才能を開花させていた。
我が子ながら自分より賢く、一度読み聞かせてやった絵本を、全部覚えてしまう。面白がった本屋が、毎日のように新しい本を持ってきてくれるのに、それも尽きてしまいそうだ。
ベルマンはかつて、照れくさそうに笑いながら、そう話してくれた。
彼が生まれたばかりのウィルトを連れて、どうしても会って欲しいのだとレフを尋ねてくれて以降、直接ウィルトに会ったことはない。しかし王宮で顔を合わせるたびに聞かせてくれる、幼い子供とアメリアの話は、レフの心に優しく溶け込んできた。
だからつい、何かしてやりたい衝動が抑えられなくて。レフは王都では手に入らない絵本を国中から取り寄せ、名も告げずに贈ってやったのだ。
それがここに並んでいる、もうウィルトには物足りないだろう、絵本の数々。
オーベリの足音がして、居間にも明かりが灯された。細部まで見えるようになると、どの本も大切に読んでくれたのがわかる。
「珍しい本が並んでいますね」
「ああ…王都ではなかなか手に入らんだろうな」
「これは、レフ様が?」
「ついでだよ。クリスとウィルは、同い年だから…クリスに贈ってやる、ついでにな」
本当はどっちがついでか、わかったもんじゃない。皇太子であるクリスティンには、当時でもすでに物足りなかっただろう。