ラスラリエの王都ショアは、先日の夜の嵐が嘘のように晴れ上がっている。今後半月は雨が降ることもなく、穏やかな毎日が続く予定だ。
広大なラスラリエ王宮の東側、医療棟の一室で、黄の賢護石(ケンゴセキ)レフは読むともなく開いていた本を静かに閉じた。
二代前の国王から仕えている、少年姿の賢護石。鮮やかな金色の瞳には、誰が見てもわかるほどの疲れが滲んでいる。
その視線の先には、幼い子供が痛々しい姿で横になっていた。身体の方々に包帯を巻かれ、顔色はまだ血の気がなく青白い。
嵐の夜に重傷を負ったウィルト・ベルマンは、町医者である父の診療所ではなく、ここ王宮の医療棟で、王宮医師団の治療を受けていた。
医師団は当初、庶民であるウィルトの治療に、いい顔をしなかった。
担ぎこまれた時はそれなりに懸命な処置をしたものの、症状が落ち着いたとわかったら、早く出て行けといわんばかりだ。
もとより彼らは王家の専属であることに、高いプライドを持っている。ラスラリエ王国中から集められたエリート集団であるがゆえに、選民意識が高いのだ。
常日頃から、王宮の侍従たちや兵士たちの治療にすら、積極的ではない者がほとんどという状態。
しかもウィルトの父ベルマン医師には、かつてこの王宮医師団に選ばれながら、その招聘(ショウヘイ)を断ったという経緯がある。
彼は自分の信念に基づき、一介の町医者として生きることを選んだだけなのだが、王宮医師団が最上の存在であると信じている彼らにとって、許せない暴挙だったのだろう。
王家の専属である自分たちが、たかが庶民の子供を。しかもベルマンの息子を治療するなんて。
あからさまに渋い顔をする医師団を説得してくれたのは、緑の賢護石リュイスだ。
―――貴様たちに期待などしていない。ウィルトは私が診る。そんなに嫌なら間抜け面で眺めていろ。
強大な魔力を持つ賢護五石(ケンゴゴセキ)だが、それぞれの能力は違う。
緑の賢護石は王国軍をまとめる元帥であると同時に、唯一、治癒能力を持つ存在だ。
それゆえに緑の賢護石は代々、王宮医師団とそりが合わなかった。
宣言通りリュイスはやけに熱心な様子で、ウィルトの治療にあたってくれた。
国王陛下の次に位置する賢護石が、率先して治療しているのだ。放っておくことも出来ず、医師団は渋々ウィルトの治療を始めた。
医療施設が整っているといっても、まだ幼いウィルトには付き添いが必要だ。
しかしいくら母親でも、レフと共にいた頃の記憶を消されているアメリアを、頻繁に王宮へ呼ぶわけにはいかない。万が一にも記憶の混乱を起こせば、嵐の夜の二の舞だ。
医師団たちの態度を考えれば、ベルマン医師が王宮に詰めることもできない。
考えた末にリュイスは、レフに彼の面倒を見るよう要請した。
―――アンタがついてれば、バカ医者たちへの牽制にもなるからな。
忌々しそうに毒を吐いていたリュイス。
多少は躊躇ったが、レフは結局リュイスの要請を受け入れた。
本当にそれが理由なのかどうかはわからないが、今のところ大きなトラブルもなく、ウィルトの治療は続けられている。
「ウィル…?」
レフの見守る先で、少年の睫が震えた。