【Will x Leff B】 P:02


 毎日顔を見て言葉を交わせば、親しくなって当然だ。文書で通達してくるだけのレフより、少しだけ右足を引きずって通ってくる、健気な子供に気持ちが傾くのも仕方ない。門兵たちにすれば、ちょっとレフも冷たいんじゃないかなんて思えてしまうのだろう。
 ……しかし彼らもレフから事情を聞けば、態度が変わるかもしれない。

 レフだって、最初の頃はちゃんとウィルを迎えていた。
 趣味の手料理も振舞ってやったし、私室に入れてやったこともある。
 しかしウィルはとにかく、レフに会うたび煩いくらい、同じ言葉を繰り返すのだ。
 初めの頃は笑っていた。そのうち呆れた顔をするようになった。……最終的に辟易してしまったレフは、今やウィルを自分から遠ざけている始末。

 ―――好きだから好きだって言ってるだけなのになあ…

 きれいな顔を歪め、迷惑そうに眉をひそめる黄の賢護石の姿を思い描きながら、ウィルは城壁を見上げた。
 そう、彼は子供の無邪気さで、レフに会うたび「好き好き大好き!」と。呪文のように何度だって繰り返すのだ。

 リュイスにからかわれるわ、西館で噂になるわ。ついには国王アーベルの耳にまで入ってしまい「最近、なにやら子供に懐かれているそうだな」と笑われて。
 レフはとうとう「もう来るな!」と、ブチ切れてしまった。

 ―――さて。今日はどっから入ろう?

 しかしウィルには、諦めて帰る気などさらさらない。
 長く戦いの起こっていないラスラリエ王宮は、心配になるくらい守りが緩くて。自分のような子供一人くらいなら、易々と忍び込めてしまう。
 ウィルは城壁沿いをゆっくり歩きながら、大人たちの様子を観察していた。
 
 
 
 あの嵐の夜の事故で、大きな障害の残った右足。その後も奇跡が起こることはなく、やはり父の予想通り、走ることは出来なくなってしまった。
 今も右足はほとんど動かない。
 しかしウィルがゆっくり歩いている姿を見ていると、彼の右足に障害があるなんて、とても思えないだろう。全ては彼自身が努力した結果なのだ。
 右膝から下にはほとんど感覚がないのに、服を着て立っている限り、
彼の片足だけが歪に細く動かすことも出来ないなんて、わかる者はまずいない。

 そんな状態でも、同世代の子供たちより背の高いウィルは、生来の明晰な頭脳も手伝って、近所の子供たちの間でリーダー的な存在だ。
 あいつ足が悪いから弱いんだぜ!なんて言うヤツには、泣くまで制裁を与えてやることを信条にしている。
 弱い者いじめは嫌いだし、正義感も強い方だけど。理不尽な理由で向かってくる相手には容赦しない。たとえ走れなくたって、彼の行動力は子供の範囲を超えていた。
 ……だから、
こんな甘い守りの王宮に忍び込むぐらい、朝飯前なのだ。

 追い返された正面門から、東側の角を曲がったウィルは、にやりと笑って足を止めた。視線の先では何台もの馬車が、王宮に運び込む食材を積み、許可待ちのまま長い列を成している。
 話し込んでいる大人たちの目を盗んで、真ん中の馬車に近づいた。
 そうっと手をかけ、いくつかの樽が並んでいる影に、素早く身を滑り込ませる。息を潜めて待っていると、そのうち馬車が動き出して。
 今日もウィルは、あっさり王宮に忍び込んでしまった。