【Will x Leff B】 P:04


 年に何度かの祝祭日には、この二ヶ所だけ国民に解放され、国王陛下の御一族や賢護五石(ケンゴゴセキ)の姿を見ることが出来る。
 謁見というほど近くはないけど、国民に絶大な人気を誇る王族の姿が見られるので、その時ばかりはこの二つの庭に、何百人という国民が集まる。
 つまりそれだけ広い、ということは、死角が多いということ。
 人目を忍んで歩いていたウィルは、不穏な空気に気付いてさっと身を隠した。

「忌々しいっ…私を誰だと思っているんだ」

 木の陰から見ていると、ウィルの父よりもずっと年配の小柄な男が、苛立たしそうに花壇の花を踏みつけている。
 でっぷりとした腹に似合わない、飾り立てた派手な衣装。だいぶ頭髪の寂しい男は眉を逆立てて、きれいに咲いた花を片っ端から踏みつけているのだ。
 どうしたものかと、しばらくは黙って見ていた。しかし男は一向に止めようとしない。
 手入れの行き届いた花壇。せっかく咲いた色とりどりの花が、男の足の下で無残に潰れていく。
 何度も忍び込んでいるうちに顔なじみになり、言葉を交わすようになった、王宮の庭師たちが脳裏を過ぎる。
 陛下に見ていただく庭だから。王族の方々の心が、少しでも安らげばと。みんな一生懸命、手入れをしているのに。

「もうやめろよ!せっかくきれいに咲いてるんだからっ」

 耐え切れず、つい声を上げてしまったウィルを見て、男は一瞬焦りの表情を浮かべた。しかしすぐに怒りで赤く顔色を変える。

「何者だ!お前はどこの者だっ!」

 自分に向けられた敵意の声に、今度はウィルがうろたえる番だ。
 自分より少し背が高いだけの、物言わぬ花を踏みつけるような男。別に怖いわけじゃない。でも本来、ここにいてはいけないのは、自分の方だから。
 レフの関係者だと答えるべきか?しかしそれで、レフに迷惑がかかったら?
 黙り込むウィルを見て、男は侮蔑の表情を浮かべると、すぐさま衛兵を呼びつけた。

「衛兵!誰かおらぬか、この者を捕らえよ!衛兵っ」

 喚き立てる男の声を聞きつけ、二人の兵士が駆けつけた。
 彼らの姿を見たウィルが、咄嗟に逃げ出そうとする。しかし走ることが出来ない子供では、鍛えられた兵士を振り切ることが出来なくて。
 結局、あっという間もなくウィルは捕まってしまった。

 一人の兵士に首根っこを吊り上げられ、足が地面から離れてしまう。それでも諦めずに暴れるウィルを、男はにやにや笑って見上げた。

「この者を牢に放り込め!どこからか忍び込み、王の庭を荒らした不敬の輩。子供といえども容赦は出来ん!」
「な…っ!なんだよ、花を踏んでたのはアンタだろ!」

 男は自分のやったことを、ウィルのせいにするつもりだ。
 牢になんか放り込まれたら、レフどころか父にも迷惑をかけるだろう。そうなったらきっと母が泣いて……ますますレフに嫌われてしまう。
 さすがに顔色をなくしたウィルだが、彼を捕まえている兵士も、同僚と顔を見合わせ眉を寄せた。

「しかし閣下、まだ子供ですし…」

 きつくお灸を据えるくらいでいいんじゃないか。戸惑う兵士達の言葉を聞いて、ウィルはいっそう青くなった。
 閣下、ということはおそらく、この男は大臣だ。
 ラスラリエの王族や賢護五石は確かに国民から愛されているが、大臣となると話は別。