自分の治療を拒絶した王宮医師団と同じ。選民意識が強くて、偉そうで。庶民である自分なんか、虫けら以下だと思っているに違いない。
案の定、男は兵士達を睨みつけた。
「貴様らは私を誰だと思っているんだね!意見など出来る立場かっ!お前らも一緒に牢に入れてやってもいいんだぞっ」
八つ当たり同然の言葉に、兵士たちが動揺している。言っていることを実行出来るだけの権限を持った相手なのだろう。
だからと言って、子供を牢に放り込むなんて。
完全に動きの止まってしまった兵士達を前に、苛立った男がいっそう眉を逆立てた。
「もういい面倒だ!貴様らが連れて行かんのなら、私がここで切り捨てる!」
幼いウィル相手だというのに、男は本気で剣を抜いた。兵士達も己の身を思えば、これ以上庇うことが出来ない。
―――やられる…っ!
思わずぎゅっと目を閉じたウィルの耳に「お待ちください」という、落ち着いた子供の声が聞こえた。
おそるおそる目を開けると、レフとは違う淡い金色の髪が美しい、小柄な少年が少し離れた所に立っていた。
「彼は私の友人です。どうか、剣を収めて下さい」
「クリスティン殿下」
ゆっくり歩いてくる彼の姿に驚いて、大臣はさっと剣を収めた。
分厚い本を両手で抱えた、細身の少年。公式行事で見た覚えがある。確かウィルと同い年の皇太子殿下、クリスティン様だ。
慌てて自分を解放し、兵士たちは最敬礼で皇太子殿下を迎えている。
皇太子と面識はないはずだ。しかし彼はどういうわけか、自分を庇ってくれるつもりらしい。ウィルは不思議に思う表情を隠して、クリスティンの元へ近づいた。
白っぽくさえ見える淡い金糸に、アイスブルーの瞳。彼は優しく微笑み、まるで本当の友達のように、ウィルを見つめている。
「お怪我はありませんか?」
「う、うん」
「申し訳ありません。私が遅れたせいで、ご迷惑をおかけしましたね」
細い指でウィルの服を掴むと、そっと自分の後ろに庇ってくれた。起こっている事態が理解できなくても、クリスティンの意図を素早く察知する。尋ねたい言葉を我慢して、ウィルは口を噤んだ。
にこりと微笑んだ皇太子は、それでいいとでも言うように、小さく頷いて。敬礼している兵士たちに向かい、深く頭を下げたのだ。
「お手を煩わせて、本当に申し訳ありません。約束した場所に私が現れなかったから、迷い込んでしまったのでしょう」
「いえ、あの、殿下…どうか頭をお上げください」
一介の兵士に、頭を下げるような立場の人じゃない。それでもクリスティンは、本当に申し訳なさそうな顔で、平然と頭を下げてしまうのだ。
おろおろ慌てる兵士たちの向こうで、不満げな男がまだウィルを睨んでいた。
この場をどう収めれば、自分が有利な立場になるか。邪魔をした皇太子に恥をかかせることが出来るかと、企んでいる表情だ。
気付いたウィルがむっとして睨み返すと、背の低い男は自分が呼んだ二人の兵士を見上げ、嫌味な笑みを浮かべた。
「なな、なんと!殿下のお友達ですと?!」
男は下手すぎる芝居で、大仰に驚いてみせる。滑稽な反応に、ウィルどころか兵士達さえ呆気に取られてしまう。
しかし続く言葉を聞いて、彼らは真っ青になった。