「なんと恐ろしいことか!こやつ等には、すぐにでも相応の処分を受けさせましょう!曲者がおると騒ぎ立て、ご友人殿をここで切り伏せるよう、彼らが私に進言したのです!」
「閣下、そんな…っ!」
「うるさいっ!もはや言い訳できんぞ!己の立場を知れっ」
呆気に取られる周囲を他所に、大臣は醜く怒鳴り続ける。しばらくは黙って見つめていたクリスティンだったが、彼は表情ひとつ変えずに首を振った。
「そのような必要はありません。彼らは私の友人を見つけてくれた。感謝しこそすれ、何を裁く必要がありますか」
「いやいや、殿下。それでは下の者へ示しがつきませんぞ?これから国王になろうかというお方が、私情を挟んではなりませんな」
「大臣…この国には、たとえ皇太子であっても、公正な裁きの場もなく兵士を罰する法などありません」
「しかし」
「では司法の手に委ねますか?ここで起きたことを明らかにし、彼らが誰の命で駆けつけたのか…その、花壇の理由も」
「い、いやこれは…」
クリスティンの視線の先には、ぐちゃぐちゃに折れてしまった花たち。そして、おびただしい数の足跡があった。
「どうやら踏み荒らされているようだ。彼らの足にしては小さく、友人の足では大きい足跡。一体、誰のものなのでしょうね?…王の庭を荒らすのは、国王陛下に対する不敬罪。それは皇太子である私に対するものより、ずっと重罪かと思うのですが」
ウィルは自分と同じ七歳の少年が繰り広げている、面白いほど結果の知れた駆け引きに息を飲んだ。
彼には全て、わかっているのだ。
何をどう言えば、この場を収めることが出来るのか。
皇太子だからと偉ぶるでもなく、ずっと年上の男に媚びへつらうでもない。
叱責も、懐柔もしない。あくまで淡々とした態度。しかし彼の穏やかな瞳には、けして男の勝手を許さない、強い意思が窺える。
―――こいつ、すげえ…
ウィルは皇太子の姿を、深く感心した目で見ていた。
自分と同じ子供なのに。大人に対して全然引けを取らないのだ。
花壇に八つ当たりし、それをウィルに押し付け、最終的には保身の為、兵士たちに責任転嫁しようとした。そんな小物のオヤジが敵う相手じゃない。
全然、器が違う。
最後まで経緯を見なくたって、皇太子が勝つのはわかりきっていた。
「私のせいで王の庭に迷い込んでしまった友人を、二人の兵士達と大臣が見つけて下さった。私は今、とても感謝しています。ですが大臣。私の知らぬ所で、もっと大きな事態が起きているのでしょうか?」
「殿下、それは…その」
「礼を述べるより、もっと深く事情をお聞きした方が宜しいようでしたら、お時間をいただきたく…」
「わ、私は通りがかっただけですよ」
慌てて皇太子の言葉を遮った男は、ふん、と大きな鼻息を残して、足早に去っていく。兵士たちは顔を見合わせて、安堵のため息を吐いた。
「殿下、ありがとうございます」
クリスティンは余計なことを言わず、兵士達の感謝に微笑み、やんわりとに首を振る。彼はそのままウィルの腕を押して、歩き出した。
「行きましょう」
「うん。あの、ごめんな」
「構いません。ですがどうか今はこのまま」
上目遣いが沈黙を要求している。小さく頷いたウィルは彼に従って、振り向かずに歩き出した。