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目的地だった西館ではなく、皇太子は近くの議事堂にウィル連れて入って行った。
ここには議会場や、略式の謁見を行うための広間がある。さすがに用もないので、こんな場所には入ったことがない。ウィルが物珍しそうに周囲を見ていると、皇太子クリスティンは黙って広い書庫へ入っていった。
そうして彼は、誰もいない書架の間で足を止める。
「すっげえ本の量!」
思わず声をあげ、ウィルは自分の背の三倍もあろうかという巨大な書架を見上げた。一番上の段など、背表紙の文字が見えないくらい遠いのだ。
声が響いたのに気付いて、慌てて両手で口を塞ぐ。ごめん、と言おうとして振り返ったウィルは、クリスティンが苦しげに胸の辺りを押さえているのに気付いた。
「お、おいっ」
「だい…じょ、ぶ…っ」
抱えていた分厚い本が、繊細な指先から滑り落ちて、ばさりと大きな音を立てる。
心配ないと首を振っているが、咳き込みながら膝を折った皇太子は、その場に蹲ってしまった。
素早くそばに駆け寄って、落とした本を拾い傍らの机に置くと、ウィルは躊躇いがちにクリスティンの背中を撫でる。
「全然大丈夫じゃないだろ。オレ、誰か呼んでくる」
「いい、ん、です…っ、どうか」
「でも」
「すぐ収まりますから…お願いです」
真っ青な顔をして苦しそうなのに、クリスティンは頑なに首を振る。戸惑いながら見ていたウィルだが、どうしても人を呼ばれたくないのだとわかって、自分よりずっと細いクリスティンの身体を抱き起こした。
「本当に大丈夫なのか?」
「…はい」
「ちゃんと、すぐに収まるんだな?」
執拗に確認するウィルに、皇太子は何度も頷いてみせる。仕方なく溜め息を吐いて、彼を支えたまま、周囲に休める場所を探した。
これでも医者の息子だ。同じような発作を起す人たちを、何人も見てきた。本人がこれほど大丈夫だと言うなら、きっと彼自身が慣れているのだ。
それに、ここまで誰か呼ぶことを嫌がるのだから。何か自分にはわからない事情を、抱えているのかもしれない。
「わかった。でもここじゃマズい。…少しだけ頑張れ」
力強くクリスティンの肩を掴み、立ち上がらせる。ウィルは窓際に長いイスを見つけ、彼を誘導した。
見つけた長椅子は、大人が三人くらい並んで座れる大きさだ。同い年とはいえ、かなり小柄なクリスティンなら、横になることも出来るだろう。
ウィルに縋りながら、皇太子はおとなしく従ってイスにたどり着くと、そこへ倒れこんでしまった。
視線をめぐらせ、ちょうどいい厚さの本を書架から抜いて、枕代わりに頭の下へ挿し入れる。
彼の衣服に触れるのをちょっとだけ躊躇ったが、今は皇太子とか庶民とか言っている場合じゃない。ここには自分しかいないのだ。
手馴れた仕草で履いているものを脱がせ、足をイスの上へ上げてやった。
「胸元開けるよ」
「…は、い」
きつく締められていた首元をくつろげ、服を緩めると、少し呼吸が楽になったようだ。
町医者である父を間近に見てきたウィルは、患者に対する簡単な看護を、自然と身につけて育った。
心配そうなウィルの視線の下で、クリスティンは何度か大きく呼吸を繰り返している。
しばらくすると本人が言うように、症状が落ち着いて、呼吸の間隔も戻ってきた。