「…ご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありません…」
「気にすんなって。さっきはオレが助けてもらったし」
な?と片目をつぶったウィルに、クリスティンは安堵の表情を浮かべている。
「ちょっとは落ち着いた?」
「…はい。ありがとうございます」
「うん、オレも。さっきは助けてくれてありがと」
にっと笑みを返し、ウィルはクリスティンのすぐそばで床に座り込んだ。本当に気にしていない様子のウィルを見て、皇太子はほっと息を吐き出している。
ウィルは改めて皇太子の姿を見つめた。
まだ少し苦しいのか、細面の顔は僅かに眉を寄せ、瞳を閉じている。
レフほどではないものの、十分に目を引く美貌の持ち主だ。
遠目に眺めたことならあるし、町には姿絵も売られているけど。そんなもの比較にならないくらい、華奢で儚くて。
思わず見惚れて溜め息を吐いたウィルに、ゆっくり目蓋を上げたクリスティンは、ようやくにこりと微笑んだ。
「…ベルマン先生のご子息ですよね?確か、ウィルトさん」
「オレのこと知ってんの?」
「存じ上げています。しばらくの間、王宮で療養されていたことがあったでしょう?」
なるほど、と頷いた。
大怪我を負った自分の治療のため、レフとリュイスが一ヶ月に渡り公務を放り出したのは、王宮では有名な話だ。
「その後、お身体はよろしいのですか?」
「うん、全然平気。お前は?今はもう大丈夫?」
「大丈夫です…ご迷惑をお掛けしました」
「それはいいんだけど…って。あ、えっと」
気まずそうに頭を掻く。クリスティンは不思議そうに、困惑しているウィルを見つめていた。
「どうかなさいましたか?」
「あの、さあ…オレもそういう、難しい言葉使わないと、不敬罪?」
さっきさんざん聞かされた言葉だ。
皇太子の友人を捕まえたというだけで、兵士が命を落すほどの不敬罪に問われる相手。気軽に話してもいいものか。
しかし当のクリスティンは、そんなことかとでも言うように、穏やかな表情を崩さなかった。
「必要ありませんよ。どうかウィルトさんが話しやすいようにお話ください」
「ありがと。って言っても、なんか…困ったな。オレだけこんな話し方でいいもん?」
「構いません」
「じゃあさ、せめてオレのことウィルって呼ばない?友達はみんなそう呼ぶんだ」
な?と頼んでみたら、皇太子はちょっとだけ困った顔になった。
「やっぱマズい?でもせっかく友達になったんだし…て、そうか。オレを助けるために友達って言ってくれたんだっけ」
親しく話してくれても、彼はこの国の皇太子殿下だ。あの場で「友人」と言ってくれたのだって、ウィルを庇うためのもの。
調子に乗ってしまったと、肩を落としているウィルの前で、クリスティン「そうじゃありません」と、寂しげに視線を伏せる。
「…私の方こそ、申し訳ないと思っていたので」
「なんで?」
「だってその…いきなり友人だなんて言ってしまって。ご迷惑ではなかったかと…」
「何が?」
クリスティンが何を気にしているのか、本気でわからなくて。ウィルは首を傾げてしまう。
皇太子殿下に命を救われ、友達にまでなったとしたら。自慢することがあっても、迷惑なんて思うはずがない。