【Will x Leff C】 P:01


 西館の廊下で、いきなり後ろから腕を掴まれた。何事かと振り返ったウィルの後ろにいたのは、緑の賢護石(ケンゴセキ)リュイスだ。

「よう、ウィル!」
「リュイス…様」

 ちょっと渋い顔で答える。
 賢護五石(ケンゴゴセキ)はそれぞれ、タイプは違ってもみんな、とてつもなく美しい容姿をしている。
 もちろん目の前のリュイスだって、目が眩むような美貌の持ち主。
 長いプラチナグリーンの髪に、深い緑の瞳が、賢護石以外の何者でもないことを教えてくれる。元帥の任に就いているだけあって、細身だが長身の鍛え抜かれた身体。
 だからこそつい、ウィルは彼と話すたび心の中で呟くのだ。
 この見た目なのに……もったいない、と。

「久しぶりだな!お前、また背が伸びたんじゃないか?」

 せっかく見た目だけは美しい賢護石なのに、リュイスは長く会っていない親戚のオジサンみたいなことを言い、強い力でがしがしとウィルの髪をかき回す。ぐらぐら身体を揺らしながら、ウィルは「先月も会ってます!」と叫んでいた。

「そうだったか?」
「そうですっ」
「…お前、だんだん可愛くなくなっていくなあ。昔、医療棟で治療してやった頃は、こーんなに小さかったのに」

 こーんな、と。リュイスのかざした手はどんどん低くなり、今のウィルの膝辺りまできてしまった。
 そんなわけないだろう、と呆れて物も言えないウィルに、リュイスは可愛くない、と繰り返す。

「なんだ、その顔は?誰のおかげで生き延びたと思っているんだか。なあオーベリ」

 すぐ後ろに立っていた兵士に話しかけている。オーベリと呼ばれた男は、苦笑いを噛み殺していた。

「レフのおかげ」
「治療したのは私だぞ」
「でもレフが見つけてくれたおかげです」
「そういうことを言うのか?じゃあさらに遡って、アメリアとレフのことがあったおかげだな」
「っ…!」
「良かったな、母さんが美人で」
「元帥っ」

 さすがにオーベリが口を挟む。
 こんな幼い子に何を言い出すんだと、
彼は窘(タシナメ)めるような顔をしたのだが。ウィルは負けていなかった。

「子供苛めて、楽しいですか」
「楽しいぞ」
「そんなことばっかりしてるから、この王宮は警護が甘いままなんですよ」
「お前…また忍び込んだのか?!」
「今日は忍び込んでませんけど。昨日はオレ、勝手に入って出て行きました」

 王宮通いを始めて三年以上だ。
 二年前に皇太子クリスティンと出会ってからは、王宮に忍び込む必要がなくなった。しかし今も時々、ウィルは正式な手続きを踏まずに中へ入っている。
 もはやこの王宮の、ありとあらゆる抜け道を把握していると言っていい。
 リュイスの顔色が変わった。
 ウィルが忍び込むことぐらいで、今さら目くじらを立てたりしないけど。この王宮に警護の行き届いていない場所がある、ということは放置できない。

「オーベリ、確認しろっ」
「…確認済みです」
「お前…どうして報告しないんだ」
「しましたけど…貴方、聞いてなかったじゃないですか。いつものことだって」

 溜め息交じりに反論されて、リュイスは言葉を失う。
 王宮の警護は侍従局ではなく、王国軍の管轄。つまりはリュイスの責任だ。明日の議会でまた、侍従局長を務める青の賢護石ジャンに、ねちねち文句を言われるかもしれない。
 にやりと笑ったウィルの首を、リュイスは腹立ち紛れにがしっと締め付けた。