「ちょ、リュイス様!」
「お前に注意しても、埒が明かないのはよくわかった。だったら効く方法を取るまでだ」
「え…待って待って!ごめんなさいっ」
リュイスの意図に気付いたウィルは、慌てて謝るのだが。残念ながら、間に合わなかった。
「もう遅い!いるか、レフッ」
首筋を拘束されたまま、西館の厨房に引きずられる。もちろんウィルの目的地はここだったが、こんな訪れ方をするはずじゃなかったのに。
作業台の前で振り返ったレフは、二人を見てあからさまにいやな顔をした。
「…何事だ」
「お前、もっとちゃんとコレを躾けろ!迷惑だっ」
「どうして私が躾けるんだ。ウィルにはちゃんと両親がいるだろ」
「のほほんとしたベルマン夫妻に、こんな悪ガキの躾が勤まるかっ」
ぎゅうっと首を絞める腕に力が入る。さすがに息苦しくて暴れるウィルを、二人を追って厨房に入ってきたオーベリが救い出してくれた。
「大丈夫かい?」
「っ…はあ、だ、だいじょ、ぶ…です」
礼を言いながらも咳き込んでしまう。
涙を浮かべてレフを見れば、目が合った途端、ぷいっと背けられてしまった。
「ん?…なんだ。まだレフを落としてないのかウィル。情けないな」
水を得た魚のように、リュイスがにやにや笑い出す。
背の高い彼はプラチナグリーンの長い髪を揺らせ、そうっとレフの後ろに回ると、普段はそんなこと絶対しないくせに、緩くレフの身体に腕を回した。
作業中だったレフが、不審そうに手を止めて顔を上げる。リュイスはわざとらしく、レフを自分の胸に寄りかからせた。
「まあ、ガキにくれてやるのは惜しいな」
「…何をしてるんだ、お前は」
「こんな抱き心地のいい身体。チビガキにはまだまだ落せないだろうな、って話」
「リュイス様っ!!」
からかわれていることぐらい、わかっているはずなのに。ウィルはムキになって、レフの身体を奪い返した。
あっさり手を離したリュイスの元から、レフの身体がウィルの方へ傾いでくる。
でもまだ、今のウィルには支えきれない。
慌てたレフは、何かを捏ねていたせいで汚れている手を、作業台に縋らせた。そのままウィルを振り返って、粉だらけの手で思いっきり頭をはたいたのだ。
「リュイスに乗せられるなっ」
「痛い…」
「お前なんかいくら勉強が出来たって、どうしようもないガキだ!」
「…しょうがないだろ。ほんとにガキなんだから」
「言い訳するな、見苦しい!だからお前はいつまでも子供なんだっ」
「子供でも貴方が好きなんだよ!リュイス様にあんな風にされて、黙って見てられるわけないだろっ」
「からかわれていることぐらい、気づけ!」
「わかっててもイヤなものはイヤなんだっ」
大喧嘩を始めた二人を見て、リュイスは声を上げて笑い出す。
「あははは!ああ、すっきりした」
十五・六歳にしか見えないレフと、九歳の割には大人びて見えるウィル。
リュイスから見た二人の様子は現状、微笑ましい痴話喧嘩でしかない。しかしそれを言ったら、自分まで粉だらけにされてしまいそうだ。
「リュイスッ!」
「そういうわけだから、レフ。惚れられた強みでその悪ガキを、何とかしてくれ」
「知るかっ」
「さて。それ、今日の茶菓子だろ?出来るまでどれくらいかかるんだ?」