「じゃあ。誰かがレフの所まで行って、美味しい茶菓子を貰って、ここへ届けたら。クリスが喜ぶと思うわないか?」
「あ…」
「別にいいぞ。オレが届けても」
「ダメ!」
慌ててベッドを抜け出したアルムは、当然のようにウィルの隣に駆け寄り、その手を掴む。さっきまでさんざん反発していたアルムの相反する行動に、ウィルは目を丸くした。
何事だと驚くウィルに、クリスがくすくす笑っている。
「どこかへ行く時は、必ず手を繋いで行きなさいと。女官たちに言われているんです」
「ああ、なるほど」
それでか、と視線を下げてアルムを見つめた。
本当に兄弟とは思えないくらい、弟は甘やかされているようだ。
クリスと出会ったのは、ちょうど今のアルムと同じくらいの歳。しかしあの時、もう彼は私室を与えられ、責任ある行動を心掛けていた。皇太子と第二王子の扱いは、ここまで違うものなのだろうか?
自分と出会うまでクリスは、体調を崩してもそれを口にせず、この広い部屋にたった一人、痛みと苦しみに耐えていたのだ。
そのおかげで、こんなにも責任感が強く、志の高い皇太子が育ったのだとも言えるし。そのせいで、どこか寂しげな雰囲気を纏った少年が出来上がったのだとも言える。
彼にとって何が良く、何が悪かったのか。判断は難しい。
ふと考え込んでしまったウィルの手を、アルムが強く引っ張った。
「早く行こう、ウィル!レフのお菓子、なくなっちゃうっ」
「なくならねえってば、引っ張んなよ!じゃあクリス、こいつ連れて西館まで行ってくるけど…」
じいっと、出来のいい兄王子を見つめる。
熱のあるクリスを休ませるために、アルムを連れ出そうと考えたが。はたして彼は、おとなしく横になっているだろうか。
本棚に置いた分厚い本と、さすがにまだそこまでは歩けないはずのクリスを見比べ、溜め息を吐いた。
「約束したこと、忘れてないだろうな?」
「もちろんです」
「おとなしく寝てろよ」
「はいっ」
クリスは輝くような笑顔で手を振り、自分とアルムを見送っている。
その嘘くさいほどきれいな笑顔に「まったく」と溜め息を吐いて。
今にも走り出しそうなアルムの手を、足の悪いウィルは何度も引き戻しながら、愛しいレフの元へ向かった。
《ツヅク》