クリスを見ていると勘違いしてしまうが、王族とはいえ子供は子供。王族だから優秀なのではなく、クリスが際立って出来た人間なのだ。
兄の胸に頭をすり寄せ、甘えてふくれてワガママを言っている弟王子など、近所のガキとなんら変わりない。
―――ほんとクリスは出来すぎなんだよ。
自分も周囲から見れば、充分に出来た子供のはずなのに。ウィルは笑いをかみ殺し、挨拶なんかいいよと話しかけた。
それよりもなんとかこの、やんちゃな弟王子を離してやらなければ。クリスは少しも休むことが出来ない。
抱きついていればクリスに熱があることぐらい、わかるだろうに。アルムは兄上大好き!な気持ちを少しも隠さず、全力投球だ。
……まあ、自分にも覚えのある行動なので、とやかく言える立場でもないのだが。
どうしたものかと、元気すぎるアルムを見ていたウィルは、ふいに口元を吊り上げた。
「ところでクリス。もうそろそろ、あれから一時間じゃないか?」
「え?…ああ、そうですね」
「レフの作ってる茶菓子が、出来上がる頃だな」
「レフのお菓子?!」
案の定、クリスに甘えてべったりだったアルムが顔を輝かせた。
当然、西館へ戻ったら、レフはすぐにクリスのところへ持って行ってやれと、自分を追い返すだろう。しかしアルムと一緒なら、少し状況が変わるかもしれない。
今にもよだれを流さんばかりのアルム。この子がレフの作った菓子を手にして、その場で食べることを、我慢できるはずはないのだから。
友情と打算。思惑ありげなウィルの表情に気付いて、クリスの顔にも笑みが浮かぶ。
「レフのお菓子はいつも美味しいですから。楽しみですね」
「ああ。そういえば、けっこうな量を作るって言ってたなあ。…じゃあオレ、食べに行ってくる」
立ち上がったウィルは、ちら、とアルムを見下ろした。彼もレフの作るお菓子を食べ慣れているのだろう。期待に満ちた顔でウィルを見つめている。
「…おとなしくしてんなら、連れて行ってやるけど?」
腰を折ってアルムの顔を覗きこむ。アルムは満面の笑みで頷き、しかしすぐにはっとして、クリスの身体を抱きしめた。
「兄上は?兄上もいっしょに行く?」
「残念ですけど、私はまだ西館まで行けそうにありません」
「え〜…じゃあぼく、ここにいる」
どんなに美味しいお菓子をもらうより、兄と一緒にいる方がいい。でも本当は、レフのお菓子も食べたい。
アルムはわかりやすい葛藤に眉を寄せ、クリスにしがみついている。
ウィルは小さな頭に、ぽん、と軽く手を置いた。
近所中の悪ガキを相手にしているウィルにとって、こういう子供の扱いは慣れたもの。
「バカだなあ、お前は」
「なんだよ、ぼくは兄上の弟王子だぞ!バカって言うなっ」
「王子だろうと何だろうと、バカはバカなんだよ。いいか、レフの作る菓子は、間違いなく美味いよな?」
「うん」
「お前が好きなんだから、きっとクリスだって好きだよな?」
「うん」
「でもクリスは体調が悪くて、西館までは行けないんだろう?」
「…うん。??」
不思議そうに首をかしげるアルムの頭から手を離す。にやりと笑ったウィルは、素晴らしい提案を話してやるとでもいうように、腕を組んでふんぞり返った。