西館の厨房は今日、いつになくきれいに片付けられていた。
しかも料理人たちの休憩用である、隣の控え室のテーブルには、真っ白い布まで掛けられている。
昨日は夜まで、料理人も侍従も一緒になって、片付けと掃除に大騒動だった。
それというのもこの場所での昼食に、今日は皇太子と第二王子が招かれているせい。
黄の賢護石(ケンゴセキ)レフが、王子様兄弟を食事に招くのは、よくある話。しかしそれは大抵夕食のことで、もちろん別室が用意される。西館には、そのための広間もあるのだから。
夕食なら広間、お茶や菓子類、軽食などは、レフの私室や賢護石たちの談話室。今までそういうことになっていた。過去、何回かの昼食は、広い庭にテーブルを出していたのだ。
しかし今日に限って、レフは唐突に厨房の隣の控え室を使うと言い出した。
王子たちが厨房に立ち寄ることさえ、稀なのに……それはもう、寝耳に水だった料理人たちも、慌てようというもの。
広い厨房で一人、オーブンの様子を見るため屈んでいたレフは、立ち上がって見たこともないくらいに片付いている厨房を眺めた。
―――だか普段からきれいにしておけ、と言っているのに。
別にいつもだって、不潔だったり汚かったりするわけではないけど。ここまでピカピカに磨き上げられた厨房で料理をするのは、なかなかに気分がいい。
これからは時々クリスを呼んで、それを理由に片付けさせよう。レフがにやりと口元を歪めたとき、穏やかな声が背後から彼を呼んだ。
「レフ」
振り返ると、微笑を浮かべたクリスティンが優雅に頭を下げていた。隣には珍しいものでも見るように、きれいな厨房をきょろきょろ見回しているアンゼルムの姿も。
性格の違いがよくわかる二人の様子に、レフは目を細める。
どこへ行くにも兄と手をつないでいたアルムが、最近になって急に、自分からそれをやめると言い出したのだ。
今年、八歳になったアルム。兄上大好きなのは変わらないが、それゆえに子供扱いから脱却しようと、必死に足掻いているのが微笑ましい。
どんなに長く生きていても、子供の成長というのは、いつも心を和ませてくれる。
「来たか」
「はい。本日はお招きいただいて、ありがとうございます」
「もう少しかかるから、隣で待っているといい」
すぐ用意してやる、と続けたレフに、クリスは意味深な視線で背後を振り返った。
「クリス?」
「今日はレフに、お土産があるんです」
「土産?」
「受け取っていただけますか?」
珍しい。
王宮からの出入りなら、レフの方が頻繁にしている。めったに王宮から出られないクリスが、自分に土産なんて。
首を傾げながらも頷いたレフは、運び込まれたものより、運び込んだ人物を見て、途端に嫌そうな顔をした。
「あはは!そんなあからさまな顔、しなくてもいいだろ。こんなに好きだって言ってる相手にさあ」
「ウィル…お前は呼んでないぞ」
「知ってる。オレはレフに呼ばれたんじゃなくて、皇太子サマに招いてもらったんだ」
現れたウィルトは、平然とそんなことを言う。どんなにレフが嫌そうな顔をしたって、まったく意に介した様子がない。
してやったりと笑いあう、同じ十歳の少年たちに、レフはため息を吐いた。