「まあ…確かにな」
そこは否定できない。ウィルトの手で皮を剥かれていくイモは、ほとんど形を変えず、落ちていく皮も薄い。思った以上に作業も早いし、感心に値するものだ。
「けっこう得意なんだよ。…母さんの手伝いで、よくやるから」
ほんの少し、寂しそうな声。
手を止めてレフを見つめたウィルトは、にこりと微笑んだ。
「昔は二人で、こんな風に料理してた?」
「…ああ」
「母さんの味って、レフに似てるもんな。教えてやったんだろ」
「まあ…アメリアは元々料理が苦手で、それを気にしていたから」
「そっか。レフの為に努力したんだね」
「………」
「今じゃ近所でも評判の料理上手なんだよ。オレが毎日、美味しい料理を食べられるのは、レフが母さんに教えてくれたおかげだ」
イモを見つめるウィルトの横顔に、寂しさと優しさが混ざったような、曖昧な表情が浮かんでいる。
今日のレフが苛立っていることを知って。自分には理由を話さないと、承知しているから。それなら少しでもレフの気持ちが収まるようにと、彼はレフが一番幸せだった頃の話を持ち出したのだ。
遠い遠い過去。もうアメリアの中には存在せず、レフしか覚えていないはずの記憶。
それを共有できる相手がいることは、確かにレフを温かい気持ちにしてくれるけど。ウィルトにしてみれば、手の届かない切ない話のはずなのに。
父親に似た穏やかな声。
母親に似た優しい面差し。
それなのにいつから自分は、彼の中にアメリアを探さなくなったんだろう。そう考えて、レフは戸惑いを覚える。
「なあ、ウィル」
「ん〜?」
「…お前…」
大学のこと、聞いてみようか?
ウィルトは手を止めて顔を上げた。少しも急かさずに首を傾げたまま、レフの言葉を待っていてくれる。
徐々に躊躇いが消えて、覚悟が形になってきた。ようやく口を開こうとしたレフが、言葉を探し始めたとき。
厨房の入り口に現れたのは、赤の賢護石ディノだ。
「レフ、いるか?」
「あ、ああ」
応じるレフを見て、何か伝えようとしたらしいのだが。彼はその先にウィルトがいるのを見つけ、表情を和らげた。
「やあ。来ていたのかウィルト」
「ディノ様」
剥きかけのイモを水桶に落とし、さっと立ち上がる。深く頭を下げたウィルトに片手を上げ、ディノはイスに戻るよう促した。
「今日はレフの手伝いか」
「はい」
「準備の方はどうだ?思ったより手続きに時間がかかって、悪かったな」
「とんでもありません。その節はありがとうございました。私が望む道へ進めるのも、ディノ様にお力添えいただいたおかげです」
「構わんさ、大したことじゃない。しかし…十歳で大学とは。私の記憶する限り、お前が初めてだな」
呆れた顔で、しかし嬉しそうに笑いながらディノが呟いた。
赤の賢護石が記憶にないということは、ラスラリエでウィルトが一番最初、ということになる。
やはり大学の話は本当だったのか。
ウィルトの歳で大学に入るとなれば、誰かの後ろ盾が必要だったのだろう。赤の賢護石なら、推薦者として申し分ない。
しかし……だったら自分でも、と。レフは思わず考えて、首を振る。そんな子供じみたこと、考える必要はないはずだ。