レフの気持ちを知ってか知らずか、ウィルトは大人びた表情で、ディノに笑いかけていた。
「クリスティン殿下が市井(シセイ)にいらっしゃらないからですよ。彼がもし皇太子でなかったら、私よりも先に大学へ通われていらっしゃると思います」
「ははは!確かにそうかもな。そうだウィルト、殿下からお前が殿下を通さなくても、自由に王宮の施設を使えるよう、許可を与えて欲しいと要請があったが…具体的にはどこのことだ?」
「はい。政庁の資料室と、議事堂の書庫なのですが」
「わかった。近いうちに手続きを取ろう」
「ありがとうございます」
再び深く頭を下げ、謝意を伝えるウィルトの肩を、ぽんと気軽に叩いて。レフの方へ歩いてきたディノは、驚きに首をかしげた。
「なんだレフ…どうした?」
「別にっ」
ぷいっと拗ねて顔をそむけてしまう。
何がなんだかわからず、ディノはウィルトを振り返った。少年にはわかっているのか、黙って苦笑いを浮かべている。
「本当にどうしたんだ…機嫌が悪いな」
「別に何でもないと言っているだろう!まったくどいつもこいつも、人を癇癪(カンシャク)持ちのように言うなっ」
「…それが癇癪でなくて、何だと言うんだ。おいウィルト、何とかしてくれ。これでは話も出来ん」
「どうしてそこで、ウィルの名前が出てくるんだ!私は別に機嫌も悪くないし、八つ当たりもしていないっ!とっとと用件を言えっ」
その態度こそ、明らかに癇癪を起した八つ当たりだというのに。
ウィルトは肩を震わせて笑っているし、ディノもこみ上げてくる笑いを抑えられないらしい。
「笑うなっ!私に用があったんじゃないのか?!」
「わかったわかった、悪かったよ。明日の議会なんだが、ジャンが欠席になった。それでお前に…」
話が政治に関わることだと知って、ウィルトは静かに厨房を出て行く。
しかしディノの話は大した案件ではない。わざわざウィルトが席を外すほどのことではないと判断したからこそ、ディノも何も言わずに話し出したのだ。
ここにいても構わないから……レフはそう声をかけようとして。思わず黙り込む。
急いで出て行こうとしているのか、ウィルトは少しだけ右足を引きずっていた。普段は平然と歩いているから、今ではこういう後ろ姿を見ることなど、めったにない。
彼の成長に苛立ってばかりいたが、その後ろ姿はレフに、幼い頃のウィルトを思い出させた。
同年代の子供に比べ、かなり落ち着いているウィルト。
もしかしたら、あの足のせいで彼は、大人にならざるを得なかったのだろうか。
走り回って遊ぶことは出来ない。運動に情熱を傾けることも出来ない。
病弱なクリスと親しくなったのは、互いに思い通りにならない身体を、その辛さを共有出来るからなのかもしれない。
もし、そうなのだとしたら……全ては自分の責任だ。
レフはきゅうっと胸を詰まらせる。
身勝手に苛立つ自分が、とても残酷なことをしているような気がして。無言のまま、ウィルトの後ろ姿を見送ってしまった。