ディノとの話が終り、彼が出て行ったのと入れ違いに、ウィルトは厨房へ戻ってきた。
どこで用意してきたのか、大きなトレイを手にしている。その上には陶製の茶器が、温かな湯気を立てていた。
「お疲れ様」
「ウィル…」
「ちょっと休憩しない?」
にっと笑って、作業台の上に茶器を置いたウィルトは、慣れた様子で二人分のお茶を淹れる。レフが素直にそばへ座ると、彼は少し驚いて。でも嬉しそうに微笑んだ。
「明日は忙しそうだね」
「ああ…」
「貴方は意外と、自分の食事に手を抜くことがあるから。気をつけてくれよな」
「………」
「っと、別に生意気なことを言うつもりじゃなくて…」
黙っているレフに慌てて言い訳をする。金色の鮮やかな髪が、横に揺れた。
「レフ?」
「…大学」
「え?」
「大学、来月からなのか?」
迷っていたのが嘘のように、すんなりと言葉が口をついた。聞きたいことがその先にあるからだ。
ウィルトは自分も椅子に腰掛け、苦笑いを浮かべている。
「来月からって、ディノ様が?」
「いや…王宮では噂になっていたし。直接はリュイスから」
本当はリュイスに聞くまで、ウィルトの噂など耳に入らなかったけど。レフの答えを疑いもせず、ウィルトは「そっか」と頷いている。
「入ってから報告しようかな〜っと、思ってたんだけどね。まあ、来月アタマから」
「医学部だって?」
「うん」
「まだお前の歳では、大変なんじゃないか」
「そうでもないよ」
柔らかい表情で、カップに口をつけている。その横顔は確かに、十歳というにはかなり大人びて見えた。
「新しいことを学ぶのは楽しいし。勉強ってのが、意外と嫌いじゃない」
「…それは」
「ん?」
「それは、足のせい、か?」
お茶の水面に視線を落としたまま、レフは苦しげに、本当に聞きたかった問いかけを零した。
今も自由には動かない右足。
同世代の子供のように、駆け回ったり身体を動かすことに、気持ちを費やせないから。もしかしてウィルトは、そのせいで知識ばかりを増やすのではないか。
どこか歪(イビツ)にさえ見える今の彼を作ってしまったのは、自分なのかもしれない。
後悔の滲むレフを見て、ウィルトは目を細めた。
「ないものねだりをする性格じゃないよ」
「ウィル…」
「レフに関すること以外は、だけどね」
少年は自分よりあどけなくさえ見える黄の賢護石を見つめ、穏やかな口調で続ける。
「レフはさ…長い時間の中で、たくさんの人を見てきたから。同じように出来ないオレのこと、可哀相だと思うのかもしれないけど」
「私は別に、可哀相だなんて」
「うん、でも。いまだに自分のせいだって、負い目に感じてる。だろ?」
「………」
「でもさ。オレにとっては、走れないのも、ときどき右足が痛むのも、当たり前のことなんだ。走れるようになりたい!なんて言って、泣いたこともないし」
言いながらウィルトは、そうっと自分の右足をさすった。
足が動かないことなど、すでに自分にとっては日常なのだとでも言うように。