【Will x Leff E】 P:07


「オレにはむしろ、幸運の右足」
「幸運の?」
「そうだよ。だってこの足のおかげで、レフに会えたんだから」
「………」
「たとえばあの時…あの、嵐の夜にさ。オレが母さんに追いついて、無事に家に帰っていたら。たとえケガをしても、大したことなかったら。今オレは、レフの隣でのん気にお茶なんか飲んでなかったかもしれない。その方が、ずっと恐ろしいよ」

 本気で彼はそう思っているのだろう。母親似の優しい瞳には、確かに幸せそうな色が浮かんでいる。
 レフは黙り込んでしまった。
 この子は本当に、自分なんかと右足の自由を引き換えにしても、幸せだなんて思っているのだろうか。
 今も消えない自分の身の内にある後悔は、すでに行き場を失っているとでも。

 眉を寄せて考え込むレフを、じっと見守る視線。レフの思考が堂々巡りを始めたと悟って、ウィルトは急に話を戻した。

「大学の話だけど」
「あ、ああ」
「昔は自分だけが他のヤツよりも早く、先のことを学ぶってことに、大した意味を感じなかったんだ。先生や友達が変わったり、通う学校が変わったりするの、面倒だと思ってたくらいだし」
「今は違うのか?」
「うん…オレ、今回初めて、自分からもっと先に進みたいと思って。ディノ様に推薦状を書いてくれるよう、お願いした」
「どうしてディノに…」
「だって今までのことは大抵、クリスでどうにかなってたんだけど。大学となったら、いくら皇太子だからって同い年の推薦状じゃダメでさ。そう言ったらあいつ、陛下に頼むって言うんだぜ?」

 何を考えてるんだか、と呆れた顔で溜め息を吐く。

「さすがにそれは止めてくれっ言ったら、クリスが代わりにって。ほとんどお会いしたことのない、ディノ様を紹介してくれた」

 思ってもみなかった話だ。
 クリスがウィルトのために陛下を担ぎ出そうとしたことはともかく、ディノとウィルトがほとんど会ったこともないなんて。
 自分に対するものとは、まるで違う態度だった、ディノとの会話が蘇る。
 確かに今まで、二人が直接言葉を交わす機会など、ないに等しかっただろう。レフとディノの間では、何度もウィルトの話題が出ているから、気づかなかった。
 ほとんど面識もないのに世話になったからこそ、ウィルトはあんなにもかしこまって、ディノと話していたのか。
 レフの中のわだかまりが、ふうっと解けるように消えていた。

「ベルマンの跡を継ぐために、医学部へ?」
「それもある。というか、もっとガキの頃は当たり前のように、父さんが医者だから、オレも医者になるんだろうなーって思ってた」
「じゃあ、今は違うのか?」
「今はもっと現実的に考えてるよ。そうだな…きっかけは、クリスかな」

 やっと少しは素直な気持ちで話せているのに、ウィルトの口からクリスの名が出ると、また微妙な苛立ちを感じてしまう。
 軽く頭を振ったレフは、それに気付かぬふりで、ウィルトの話を聞いていた。

「あいつ、今でも時々、体調崩して寝込むじゃん。そんな時ぐらいおとなしくしてろって言うのに、聞きゃしねえ」
「…ずっとついていてやるんだろう?」