【Will x Leff E】 P:08


 嫌味に聞こえるかと思ったが、ウィルトは拗ねた顔で「仕方ないだろ」と呟いた。

「オレがいないとあいつ、すぐにベッドを抜け出すんだから」
「そう、なのか?」
「そうだよ!オレがちょっとレフに会いに行くだけでも、戻ってきたら逃げ出してるんだぜ?頼むから見張っててくれって。侍女の人たちに泣きつかれたら、さすがに断れないしさあ…」

 色々と世話になっているから。そう言葉を継いで、溜め息を吐いている。
 弟のアンゼルムに比べ、手のかからない皇太子だと思われているクリス。しかしあの子が、見た目によらず頑固だということを、賢護五石(ケンゴゴセキ)であるレフは知っている。
 言われてみれば確かに、想像も容易な情景だ。

「…てっきりお前は、クリスの脱走に加担しているのだと思っていた」
「まさか!自分はおとなしく寝てるから、レフに会いに行けって。あの言葉に何度騙されたと思う?…あいつオレが、レフの名前聞いたら飛びつくって、知ってんだよな」
「クリスがそんなことを?」
「毎度毎度、攻防戦だよ…このまま続くようなら、本気でベッドに縛り付けてやろうかと思ってる」

 苦い顔で愚痴っている様子は、本当に困っている表情だ。
 なんだか可笑しくなってきて、レフが頬を綻ばせると、ウィルトも少し笑って。
 しばらく黙った後、やけに真剣な表情で言葉を紡いだ。

「…医者の言うことも、侍従の言うことも聞かない。あんな皇太子がそのまま国王になったら、国民はいつ倒れるかと、ひやひやさせられっぱなしだ」
「確かに…そうだな」

 少し身体を冷やせば、すぐに風邪をひく。風邪をひいたら高熱を出し、咳が止まらなくなって、他の感染症を引き起こす。
 一度寝込むと長いことを、本人も知っているはずなのに無茶をする。周囲の心配も、おかまいなしだ。……ウィルトはずっと、そんなクリスを見てきた。

「あいつはいつも、国民のことを考えてる。ラスラリエ国民の全部を幸せしようと、本気で思ってるんだ。…王家の始祖は、ヒトと魔族が共に暮らせるこの国を、理想郷と呼んだけど。クリスは今のラスラリエじゃ満足できないらしい」
「………」
「正直さ、バカだなーっと思うよ。ヒトでも魔族でも三人寄れば意見がぶつかる。誰かにとって利益を生むことは、他の誰かにとって不利益になる。ある程度は仕方ないはずで、みんなそれをわかってる。なのに、ほんと…バカなヤツ」

 非難しているのに、そんなクリスを本気でバカにしているわけじゃない。ウィルトの口元には、穏やかな笑みが浮かんでいる。
 同い年で、同じように同世代から逸脱している、二人の子供。彼らは共に支えあい、高めあって、自分の道を歩んでいるのだろう。

 レフは先日、厨房で聞いた彼らの話を思い出す。
 クリスはウィルトに自分の知りえない社会の知識を求め、ウィルトはクリスの理想を知っているからこそ、全力で応えていたのだ。
 互いを認め互いを必要としている。彼らの関係が、レフには少し羨ましい。賢護石には共に成長する相手など、いないのだから。

 理解出来ない、と零すウィルトは、急に強い視線でレフを見つめた。

「オレはあんな風に考えられないよ。自分の幸せしか見えてない」
「ウィル」