「大好きな人のそばにいたい。友達には笑っていて欲しい。美味しいもの食べて、柔らかいベッドで寝て…それ以上の事なんか、オレには必要ないんだ」
真剣に話を聞いているレフが、油断している隙を突いて。ウィルトはすぐ隣にあった細い手を取り、ちゅっと口付ける。レフは慌てて自分の手を引き戻した。
「おいっ」
「あはは!ごめんごめん」
「まったく、お前はっ」
せっかく見直していたのに。何をするんだと目を吊り上げたレフを、ウィルトは反省するというより、安心したように見ている。
思わず言葉を飲み込んだレフに、十歳の少年は甘い声で囁いた。
「…レフが好きだよ。ずっと貴方のそばにいると誓った幼い頃の思いは、今も変わらずオレの中にある」
「ウィル…」
「そして同じくらい、友人としてのクリスが大事なんだ。あいつの理想は夢物語だと思うけど。クリスが本気で望むのなら…まあ一人くらい、バカに付き合ってやるヤツがいても、いいんじゃないかってさ」
肩を竦めて呟いた。これが医学部志望の理由だと言うのだ。
「便利だろ?病弱な国王陛下の友人が、医者だったら」
「便利って」
呆れるレフに、彼はにやりと強気に口の端を吊り上げてみせる。
「オレだけは絶対に容赦しねえもん。クリスが皇太子でも、国王になっても、問答無用でベッドに突っ込んでやる。それに…」
「それに?」
「国王陛下の主治医になったら、ずっと王宮に…貴方のそばに、いられるし」
「っ!」
「一石二鳥じゃん。な?」
思いついた悪戯を話すような顔で、ウィルトは片目をつぶっている。計画の壮大さと釣り合わないその言い様に、レフは呆気にとられてしまって……思わず笑い出していた。
「なるほど、一石二鳥か…はははっ」
可笑しそうに声を立てて笑うレフのことを、ウィルトは本当に嬉しそうな顔で見つめていた。吐き出した溜め息は、ほっと安心した彼の気持ちの表れだ。
勝手に苛立ち、癇癪を起したり、八つ当たりをしてみたり。ずっと不機嫌だったレフがやっと楽しそうな表情を見せた。
ウィルトがずっとそれを気にしていたのだとわかって、面白がっていたレフは笑いを収め、穏やかな表情になって視線を落とす。
この子はもう、王宮の医療棟で自分を頼っていた、あの幼な子ではないのだ。
今や彼は、親友の夢も自分の思いも、全部受け止めて前を向いている。
彼が我がままな子供だとか、可哀相な子供だとか。レフは自分の勝手な都合で、そう思い込みたかったのかもしれない。
そうでなければ、ウィルトを遠ざける自分を正当化できなかったから。
顔を上げて、正面からウィルトを見た。
アメリア似た柔らかい曲線はいつの間にか消えて、凛々しく力強い瞳がレフを映している。
ちょっとだけ、惜しいことをしたな、と思った。自分が頑固に背を向けていたせいで、彼の一番成長していた時期を、見逃してしまったのだ。
どうしたの?と問う様に、ウィルトが首を傾げている。レフはにやりと意地悪く笑ってやった。